松長絵菜さんインタビュー【前編】「ご無沙汰しています。新しいおやつの本ができました」

特集
2016.12.26

レシピブックを選ぶ時に、何を基準にしていますか?
レシピ数?美味しそうな写真?気に入ったメニューがあるかどうか? 大体は、お皿の上に乗ったお料理(あるいはお菓子)の内容で決めていることでしょう。だけど、時々、それだけでは無い何かを発している本に出合い、惹かれてしまうことがあります。

料理研究家・松長絵菜さんの作る本も、そんな本のうちの一つです。絵本のような、詩集のような、カレンダーのような。女性なら誰もが持っている、心の奥のやわらかな部分をそっと刺激してくれる、ドキドキ感に満ちています。

すごく難しくはないけれどありきたりではないレシピ、楚々とした佇まいのお菓子、物語の込められたスタイリング、優しい光を含んだ写真、まろやかな言葉をつないだエッセイ。じっくり、ゆっくり、ていねいにすべてを松長さんが作り、出来上がっている本です。そんな、松長さんからしばらくぶりにお便りが届きました。
「新しいおやつの本ができました」

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↑ 久しぶりに会った絵菜さんは、以前と変わらぬ可憐な雰囲気。現在住んでいるパリから一時帰国中にお話を伺いました。久しぶりの東京滞在で「おいしい和食をたくさん食べられてうれしいです」とにっこり。

この本で、実に8年ぶりに仕事復帰したという松長さん。2009年、結婚を機に渡仏。その後、出産をしたこともあり、料理本の世界からは遠ざかっていました。

「8年間お休みをしている間もつねに(本の)制作については考えていました。私にとっては、料理本を作らせて頂けることは人生の大きな喜びのひとつ。フランスの生活が始まってすぐから、ゆっくりと進行しているものもあったのですが、何か、パズルの1ピースがはまらないような気持ちがあって、なかなか、編集の方に原稿がお渡しできず……」

パリで読者の方に「次の本はいつですか?」と声をかけられることも時々あり、そのたびに、「いつかは必ず」という思いは募っていきました。そして、そんな“いつか”は、毎日の暮らしの中で自然と見つかることに。息子・ひふみ君と家族のために、おやつをせっせと作っている中で「これならば、責任を持って本にできる」と確信し、「こんな本に自分が出逢いたい」という思いが心の奥底から湧き上がってきたのだと言います。

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↑ 発売したばかりの新刊『ひふみのおやつ』(文化出版局)。「より多くの方に気軽に手に取って頂きたい」という理由で、著書として初めてハードカバーじゃない装丁に。料理の写真の途中に現れる、街や自然の写真が、本に厚みを持たせている。

そこから、久々の本づくりは始動しました。いつものおやつ、おなかがすいているときのおやつ、たいせつな日のおやつ。目の前の『小さな人(絵菜さん流の“子供”の表現)』が喜んでくれるように、たくさん食べてくれるように、素敵な思い出となるように、おやつを作り、それを写真に収め、レシピに起こしました。それは、幼い頃の自分の幸福なお菓子の記憶をなぞるような、そんな感覚だったのではないでしょうか?

「私の母は美しいもの、夢のような世界が大好きで、頭に三角巾を巻いて台所に立つなど、まるで物語に出てくるような人でした。お菓子作りも大好きで、一緒にお菓子を作った記憶がたくさんあります。ある日、外国の絵本に知らない名前のお菓子(クロカンブッシュ)が出てきて、『これなあに?』って聞いたんです。そうしたら、翌日、幼稚園から帰ってきたら母が考えて作った空想のクロカンブッシュがテーブルにのっていて、とてもとても嬉しかったのを覚えています。大人になって本物のクロカンブッシュを知り、母の物とは少し違うことに気付きました。でも私にとっての世界一のクロカンブッシュは、目を閉じればすぐに思い出せる母が作ったものです」

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↑ ひふみ君が大好きという松谷みよ子さんの絵本『いない いない ばあ』。何度読んでも、ページをめくる度に「ばあ!」と大喜びなのだそう。

そんなお菓子にまつわる思い出のすべては絵菜さんの宝物となり、心の支えとなっていると話します。ひふみ君の心の中にも、そして、この本を手に取った読者の方やそこに繋がる人々の心の中にも、そんな宝物のような幸せな記憶が増えますように。そんな思いで、絵菜さんはまた一つ、手紙を書くように本を作りました。

~~このレシピをあなたに。
  そして、私たちのように愛し合う、全ての親子に。~~


→後編に続きます


text:鈴木麻子 photo:岡利恵子 撮影協力:ルコント広尾本店

Profile

松長絵菜

Matsunaga Ena

料理研究家。結婚を機に2009年より在仏。1児の母。著書に『バナナがあったらどうするの?』『十二カ月のバスケット』(ともに女子栄養大学出版部)など。2016年12月に8年ぶりとなる著作『ひふみのおやつ』(文化出版局)を出版。スタイリング、撮影、原稿書きも自ら行い、独特の世界観を作っている。近況はインスタグラム「ena_matsunaga」で更新予定。

肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。

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