ポートランド子育て事情Vol.3 ~多様性ってなんだろう~

1週間特集
2018.06.06

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親になってみると、特に子どもが小さいうちは、できないことばかりに気をとられがちになってしまいます。特にお酒の席や小洒落たレストランへ出向くこと、夜の外出、ギャラリーなどの展示会。そして砂原さんが提案していた、海外への旅も、しかり。

でも、ポートランドで子育てしていくうちに、決して難しいことではないのかも、と背中を押される機会に遭遇するようになって来ました。ある先輩夫婦は「もうおしゃれなレストランは相当、我慢しないといけないだろうなー」という私に、はっきりと気持ちよく彼らの経験談を話してくれました。

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「きちんとしたレストランでの外食は私たち夫婦にとって、生活の中心ともいえるほど大事なこと。それは子どもができたからという理由で変えたくないものだったんだ。だから(現在10代の)息子がベイビーのうちから、テーブルクロスがかけられたようなちょっと気取ったレストランにどんどん連れて行ってたよ。ウエイターの中には大体一人くらい、大の子ども好きがいたりしてね、彼をあやしてくれたり、抱きかかえて店内や厨房を案内してくれたりしたものさ。そんな経験によって、彼はどんなレストランでも窮屈感を持たず、むしろそこはいろんな経験ができる場所となり、年齢とともにマナーも自ら学ぶようになったんだ」

だからといって皆がみな、おしゃれなレストランに小さな子連れでも行くべき、と彼らは言いたいのではありません。自分の暮らしの中で譲れないものは何? それを子どもがいるからと諦めるのではなく、一緒にできる方法を探ってみたら? そう問いかけてくれたのです。

子どもがいるからと
諦める必要はないのかも

大のキャンプ好き、ロードトリップ好き、ギャラリー巡り好き、ダンスパーティー好き。確かに周囲には、子どもができたことを“言い訳”にせず、むしろ家族ぐるみで好きなことに“アドベンチャー”さながらにトライしている様々な家族がいたのです。

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「子どもが大きくなるまで待っていたら、踏み切るタイミングを見逃してしまうよ。小さいうちに、小さいならではの大変さや素晴らしさを家族で味わっていったほうが、みんなが試行錯誤して成長できるしね。なんなら自分で子どもも楽しめるダンスパーティーを開くのだってありだ」

「個性を引き出す」「多様性を大切に」。そんな言葉が教育や育児の面で特に注目されるようになり、日本でもアメリカでもその傾向はますます強まっている印象を受けます。それにはまず、親自身が多様性を構成する一要素となってしまうのが、子どもにも社会にも説得力があるはずだよなあ、と。ならばきっと親自身、世にいう“一般常識”とは少しずれた行動や決断だとしても、自信と責任と工夫でやさしく包み込んで実行することが大事なんだろうなあ、と感じてなりません。

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でもそれには、受け皿のあり方も大事。「そんな小さな赤子を連れて突拍子もない」と評されかねない家族を受け入れ、彼らなりの基準や挑戦を歓迎してくれる他者や社会、空気感といったものが、ポートランドにはゆるーく、決して押し付けがましくなく流れています。なぜなら、反対の意見の人も世の中には確実にいる、ということをみんながどこかで容認し、尊重しているから。私の信じる多様性って、そういうこと。

いろいろな人がいるからこそ
世界は美しい

話は少し変わりますが、私たち親子が通っているプレイグループの一つで、性をはじめとした多様性について話すことがあります。トランスジェンダーやゲイ、レズビアン。男の子らしさ、女の子らしさとは? そもそもそんなものが存在するの? などなど。同性の両親がいたり、ドラッグクイーンが絵本の読み聞かせをしていたり、様々な性のあり方について先進的でリベラルなポートランドでは、年齢に関係なく、子どもだってそれらの“個性”に触れる機会がたくさんあります。

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ドイツ出身の母親が「これはおすすめよ」と見せてくれた絵本『Das grobe Flughafen』には、空港を舞台に実に多種多様な嗜好、格好、容姿、行動をしている人たちが描かれていました。性が判別しにくい空港職員、車椅子の人、体がでかくて通りすぎるのに四苦八苦している人。みんなそれぞれの基準、生まれ持ったもので、生きる辛さや楽しさを味わっている。

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文字がほとんどないのも素晴らしい配慮で、子ども自身の感じ方、親の伝え方はそれぞれに変わってくるはずです。私自身、その絵本からは、世界はこんなふうに多様で渾沌としていていいんだよなあ、とつくづく感じさせられました。デコボコだけど、チグハグだから、美しい。それらを何のジャッジもなくただ「そうである」と受け入れられるよう、親子で学んでいきたくなるのです。

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また、ブロンドのロングヘアで女の子のようにも見間違えられがちな男の子の父親は「プリティな子だね」と言った直後にボーイとわかった途端、「ああやっぱりアグレッシブでたくましい! なんて。別に男の子だからって、パワフルでマスキュランじゃなくたっていいのにね」と茶化しながらも、私たちの無意識下に悪意なく根付いた差別感に疑問を呈してくれます。「男(女)の子だから……」は褒め言葉であろうとなかろうと、一個人の行動を抑制したり、感情の成長をも妨げたりする、とグループ内でシェアしあった記事にはありました。

例えば男の子がメソメソしていたら「男だから」という理由で励ましたり、悲しさや悔しさや弱さを「女々しいから」と止めさせたりするよりも、その感情や行動を丸ごと認めて共感してあげたほうが、彼らは「心の知能指数」が高まり、ひいては「自己受容」つまり、ありのままの自分を受け入れる力が育つ、とのこと。自分を受け入れられる人は、自分の感情も正直に伝えられる。他者へも性差の色眼鏡なく感情移入でき、協力し合い、問題を友好的に解決できる、そんな研究結果も出ているのだとか。

「自己肯定」は「他者肯定」の種であり、肯定の連鎖は違ったものたちをも受け入れる「寛容」という芽となって、誰もが我慢や抑圧を受けることなしに、真の「調和」という花を咲かせる。この記事や絵本を読み、眺めながら、そんな図式がさらさらと私の中で描かれていました。

はみ出しものたちが
私に与えてくれるもの

これは親、いや大人にもズバリ当てはまるじゃない! というのが私の追加仮説。親には、親の責任や任務があるのはもちろんですが、「親なんだから」という枕詞によって起きている弊害、制限、罪悪感は、自分で気づいている以上に意外と多くあります。特に「母親なんだから」というプレッシャーは、服装、家事の効率や質、生活リズム、様々な場面でつきまとってきます。

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そんな時、「ピンク(グリーン、パープルetc.)ヘアのパンキッシュママ」や「キュートな男の子の話を義娘(つまり私)にする、ゲイになった義父」など身近にいる、ある意味で“はみ出しもの”たちの、わが道を突き進む姿勢には、精神的に助けられています。みんな好き勝手に生きてるなー! とスカッとさせられます。

最後に、出産後の眠れない夜に出合って以来、子育てや日々の些事に迷いが生じそうになったら読み返し、心で復唱している本の一節をご紹介させていただきます。

――みんなからずれない範囲で自分らしいおしゃれを楽しみたい人のことを、ちっとも悪く思っていません。ただ、どうしてもはみ出してしまう人がいるということを認められる社会であってほしいと思うのです。服装でたとえましたが、もしもどうしても、たとえ自然にしていてもいつのまにかはみだしてしまうジャンルがある場合は、それが人をひどく傷つけたり殺したりすのではないかぎり、大切にしてほしいなと思います。――
『おとなになるってどんなこと?』(吉本ばなな・ちくまプリマー新書)より


→vol.4へ続きます

text:瀬高早紀子 photo:MASA、瀬高早紀子

瀬高早紀子
Sakiko Setaka

東京で編集・ライターとして、暮らしまわりの本や雑誌を担当したのち、2011年に米国オレゴン州にあるポートランドへ移住。現地で「COURIER COFFEE ROASTERS(クーリエコーヒーロースター)」を営むジョエルさんと結婚、出産。お店では、季節限定のかき氷を担当。
https://sakikosetaka.tumblr.com/
Instagram「@sakikostkd

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