【大人のおしゃれアーカイブ】光野 桃さん Vol.1

大人になったら、着たい服
2018.12.11

女性ファッション誌の編集者を経てエッセイストに。おしゃれの第一線を駆け抜けてこられたのに「私は、ちっともおしゃれなんかじゃない。ただ、おしゃれに焦がれ続けてきただけ」と光野さんは語ります。

「私は私のままでいい」と自分を認められたのは、還暦を迎えたころでした。今年62歳になり、バッサリと髪を切った光野さんに、ご自身のおしゃれと人生についてうかがいました。


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ここ最近、光野桃さんに会った人は皆、「あら!?」と声を上げるはず。セミロングだった髪を、バッサリ切って襟足を刈り上げに。その変身っぷりの潔いこと! 美しいこと! 光野さんの内側で、一体何が起こったのか、じっくりお話をうかがいました。

まず最初に見せてくださったのが一枚のセピア色の写真です。素敵なご婦人ふたりが、クラシカルなワンピースとスーツを着こなし佇んでいます。なんと、お母様とおばあさまなのだとか!

「母たちが手作りする服で育ちました。それが、私のおしゃれのルーツでしょうね。母と祖母に共通していたのは、子どもっぽいものが嫌い、ということ。茶色のペイズリー柄など、渋い生地を買って子ども服に仕立ててくれました」

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ところが、おしゃれにはもっと別の世界があると知る出来事が起こります。それが雑誌『アンアン』の創刊。光野さんが14歳になったころのことでした。

「世の中にこんなおもしろくて、格好いい世界があるんだと、毎号が衝撃で。そのとき、私は絶対に雑誌の編集者になるって決めたんです」

大学生になると周囲はニュートラブームに。ところが、こちらにはまったく興味がなかったのだとか。

「私には、絶対に似合わないと思っていました。大学4年間は暗黒時代。コンプレックスが増大していきまし

た」と聞いてびっくり! 

当時はどんな人になりたいと思っていらっしゃったんですか? と聞いてみました。すると……。

「ロックな人!」と光野さん。

「振り返ってみると、ロックな生き方をしてきたと思います。ファッションのことをエッセイに書いたのは私が最初でしたし……。当時はファッションといえば、スタイリストか、デザイナーになる、というのが一般的。でも、私は、既存の職業ではなく、普通の女の子たちが『着る側の心』を育てることを書いていきたいと思ったんです」

Vol.2へ続きます

 

photo:大森忠明 text:一田憲子

『大人になったら、着たい服 ‘18-’19秋冬』より抜粋

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Profile

光野 桃

Momo Mitsuno

エッセイスト。小池一子氏に師事した後、女性誌編集者を経て、イタリア・ミラノに在住。帰国後、文筆活動を始める。1994年のデビュー作『おしゃれの視線』(婦人画報社刊)がベストセラーに。以後、ファッション、体、自然を通して女性が本来の自分を取り戻すための人生哲学を描く。主な著書に『あなたは欠けた月ではない』(文化出版局)、『自由を着る』『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)など。

http://mitsuno-momo.jp

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