第2回 ゆうちゃんのおばあちゃんのパンケーキ

夏井景子さんの想い出の味
2021.01.12


私の実家は、新潟市から1時間ほど離れた山に囲まれた町の商店街にあって、数軒隣にお化粧品屋さんがあった。そこを営んでいるのは、ゆうちゃんのおばあちゃん。ゆうちゃんは私の姉の友達だから、少しお姉さん。でも、小さい頃からいつも姉妹のように一緒に遊んでいて、とても仲良し。そのおばあちゃんが、ゆうちゃんのおばあちゃん。

実家の旅館は日々忙しく、たまに幼稚園帰りに、ゆうちゃんのおばあちゃんが面倒を見てくれていた。料理の匂いやお客さんのタバコの匂いが充満している自分の家と違って、ゆうちゃんのおばあちゃんのお店は、お化粧品の良い匂い。お店には、綺麗にお化粧をした人のポスター。店内には、手にしたことのないお化粧品の数々。大人の女性の匂いがするゆうちゃんのおばあちゃんのお店は、憧れの詰まった空間だった。たまにちょっと口紅を塗ってもらったりなんかして、ドキドキして嬉しかったのを覚えている。

そして何より大好きだったのは、ゆうちゃんのおばあちゃんがおやつに作ってくれるホットケーキ。とても小さくて薄い。直径5cmくらいの薄いホットケーキ。お母さんが作ってくれるホットケーキと全然違う味で、とっても美味しかったのだ。何が違うと言われてもどう説明していいかわからない、でもとにかく美味しい。


ここで誤解しないでほしいのは、お母さんの作ってくれるホットケーキも、いたって美味しいホットケーキだったということ。ホットケーキミックスに卵と牛乳を入れて焼き、バターとシロップをかけたお母さんの普通のホットケーキ。それと何かが確実に違う、ゆうちゃんのおばあちゃんのホットケーキ。

ホットケーキミックスも、その当時スーパーに売っているものはあっても1つか2つだったと思うから、何であんなに違うのか見当もつかなかった。そもそも幼稚園児だった頃だから、何が違うかなんて考えたこともなかった。ただただ、ゆうちゃんのおばあちゃんが作ってくれるホットケーキが美味しくて大好きだった。お皿に沢山盛ってくれて、何枚でも食べられた。

食べる時は、お店の隅にあるちょっと高いシルバーの小さな丸いテーブルで食べた。テーブルが高いから、もちろん椅子も高い。座るところが赤くて、背もたれの低い丸い椅子。ゆうちゃんのおばあちゃんが、私をよいしょと座らせてくれる。ゆうちゃんのおばあちゃんも、ゆうちゃんのおばあちゃんが作ってくれるパンケーキも大好きだった。

小学生になり、ゆうちゃんのおばあちゃんに子守してもらうこともあまりなくなって、もちろん仲良く会ったら話したりしていたけれど、ゆうちゃんのおばあちゃんのお店も移転したりして、そのホットケーキを食べる機会はなくなってしまった。

そして気がついたら、ホットケーキとは言わずにパンケーキと呼ぶ世の中になっていた。ふわっふわのとろけるようなパンケーキや、アメリカンなパンケーキなどなど。専門店も沢山。私もパンケーキはとても好き。でもふと、ゆうちゃんのおばあちゃんのあの小さくて薄いホットケーキって何だったんだろうと、ぼんやり考えたりしていた。

さてその姉なのだが、とてもしっかり者で、私は小さな頃から姉の後ろをついてまわる、「となりのトトロ」でいうメイだった。ただ姉はびっくりするくらい、昔のことを覚えていない。だからって訳じゃないけれど、ゆうちゃんのおばあちゃんのホットケーキの話をしたこともなかった。


数年前、姉とカフェでお茶をしている時にふと、ゆうちゃんのおばあちゃんのホットケーキを思い出して、「ゆうちゃんのおばあちゃんのホットケーキって、小さくて薄くて、なんかすごく美味しかったよね。あれ、何が違ってたんだろう…」と聞いてみた。そしたら「あぁ!美味しかったよね。ゆうちゃんのおばあちゃんのホットケーキって、牛乳じゃなくて水で作ってたよね」と、30年越しに急に謎が解けてびっくりした。

姉はずっと知っていたらしい。ゆうちゃんのおばあちゃんのホットケーキは、牛乳じゃなくて水で作ってたってこと。私も当たり前に知っていたと思っていたこと。灯台もと暗し、とはこのことだ。私の30年来の謎の答えは、ものすごく身近な人が知っていた。そして、牛乳じゃなくて水だったんだ〜〜!!と、あの美味しさの秘訣がわかって嬉しかった。

今でもたまに姉と、「ゆうちゃんのおばあちゃんのホットケーキ、美味しかったよね」と話をする。姪に、「ゆうちゃんのおばあちゃんて誰?」と聞かれながら。

 

【夏井景子さんの想い出の味①】はこちら

 

Profile

夏井景子
Keiko Natsui


1983年新潟生まれ。板前の父、料理好きの母の影響で、幼い頃からお菓子作りに興味を持つ。製菓専門学校を卒業後、ベーカリー、カフェで働き、原宿にあった『Annon cook』でバターや卵を使わない料理とお菓子作りをこなす。2014年から東京・二子玉川の自宅で、季節の野菜を使った少人数制の家庭料理の料理教室を主宰。著書に『“メモみたいなレシピ”で作る家庭料理のレシピ帖』、『あえ麺100』『ホーローバットで作るバターを使わないお菓子』(ともに共著/すべて主婦と生活社)など。 
http://natsuikeiko.com   Instagram  natsuikeiko

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