第12回 甘いもの好きの父と一緒に食べた「ジョアン」のミニクロワッサン

夏井景子さんの想い出の味
2021.10.27

あれはたぶん、幼稚園か小学1、2年生の頃。
家から徒歩1分のところにある喫茶店に、休憩中のお父さん(板前でした。詳しくは【お父さんのお豆腐のステーキ】へ)をよく迎えに行っていた。祖父や母に「そろそろ仕事だから迎えに行ってきて」と言われると、私は待ってましたと言わんばかりに即座に迎えに行く。家の目の前の道路を渡るとある喫茶店。

徒歩1分のところにある喫茶店なので、もちろんお店のおばちゃんも顔なじみ。迎えに行くと、お父さんは窓際の席でコーヒーを飲みながら、新聞や本を読んでいる。
その姿が、今もぼんやりと記憶に残っている。

迎えに行った時に、私はおばちゃんにお願いして、席に置いてあるコーヒーシュガーをひとさじ紙ナフキンに包んでもらう。そして帰って、紙ナフキンを開いて、キラキラのコーヒーシュガーをそのままカリカリと食べていた。

私の大好きな小さい頃のおやつ。コーヒーシュガーをもらいに、父を迎えに行っていたと言っても過言ではない。おかげで小さい頃は虫歯だらけだった。

父も、甘いものやコーヒーが大好きだった。ミスタードーナツのフレンチクルーラーやモロゾフのチーズケーキやプリン、たい焼き。ただ困ったことに、父は気に入るとそれを大量に買ってくる癖があった。ある日ミスドをお土産に買ってきてくれた時も、細長い箱に2箱分も買ってきて、「こんなに食べられないでしょ!」と母に怒られていた。

父と母の仕事が休みの日、街に出て買い物をする。母と姉、私、妹の女性チームは、洋服を買ったり学校に必要なものをそろえたりする。父は決まって本屋と喫茶店。パン好きの母と父なので、帰りに決まって「ジョアン」のパンを買って帰っていた。


携帯のない時代なので、時間と場所を決めて待ち合わせをする。買い物は好きだけれど、姉や妹の買い物中はとても退屈だった。三姉妹なので、自分に割り当てられる時間は1/3。これはまん中っ子特有だと思うのだけれど、まん中っ子って放っておかれがち。

またある日、あれはたぶん小学2、3年生の時。街へ出て、いつものように母チームと父チームに分かれて買い物をすることになった時、私は「今日はお父さんについて行く」と言って、母、姉、妹と別れて父について行った。

いつも父が行く本屋さんに行って、一緒にうろうろした。私にはもちろん父の読んでいる本は難しくて、なんとなく後ろをついて行った。父は読書家だった。

「ほしい本があったら持っておいで」と言われて、私は絵本の辺りをうろうろした。そこでピーターパンの本を見つけた。その本は本の横に音が鳴るボタンがついていて、物語の途中に印があって、効果音がつけられる本だった。

例えばチクタクワニが登場する時は、ワニのボタンを押すと「チクタクチクタク〜♪」と流れる。でも、音が鳴るだけあって高い。「これがほしいんだけど…」ともごもご言うと、お父さんはすんなり買ってくれた。
それがとてもうれしかった。普段みんなで買い物をしている時なら、たぶん買ってもらえなかったであろう値段の本だったから。うれしくて、大切に抱えて本屋を後にした。

そのあとは、本屋の横の2階の喫茶店でお茶をした。父はコーヒー、私はレモンソーダ。
何を話したかは全く覚えていないけれど、正面に座ってコーヒーを飲んでいる父をぼんやりと覚えている。

買い物に忙しい母たちに代わって、父とジョアンへ焼きたての食パンとミニクロワッサンを買いに行った。この頃、ジョアンからミニクロワッサンが新発売されて、たまたま買って食べたらそのおいしさに家族全員で衝撃を受けて、街に行くたびにミニクロワッサンの焼きたてを狙って買っていた。

いつもの待ち合わせの地下街の小さな噴水の前に父と座って、ミニクロワッサンを1つ食べる。甘くておいしい。やっぱり焼きたては特別。


そうこうしていると、母たちがやってきた。ミニクロワッサンとは別のピーターパンの本が入った袋を姉が見つけて、ずるいと言う。ちょっと勝ち誇った気持ちになる。家に帰ってからもうれしくて、何度も音を鳴らしながら本を読んだ。普段忙しくてあまり遊べない父を独り占めした、幸せな時間だった。

そのピーターパンの本は今でも現役で、実家に大切にしまってある。断捨離魔の母に帰省するたびに「この本は絶対に捨てないでね」と念を押している。

いくつか音が鳴らなくなったボタンはあるけれど、姪や甥が楽しそうに音を鳴らしながら本を読んでいる姿を見ると、なんだかうれしい。
その姿を父もきっと見守っているはず。甘いものとコーヒーを飲みながら。


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Profile

夏井景子

KEIKO NATSUI

1983年新潟生まれ。板前の父、料理好きの母の影響で、幼い頃からお菓子作りに興味を持つ。製菓専門学校を卒業後、ベーカリー、カフェで働き、原宿にあった『Annon cook』でバターや卵を使わない料理とお菓子作りをこなす。2014年から東京・二子玉川の自宅で、季節の野菜を使った少人数制の家庭料理の料理教室を主宰。著書に『“メモみたいなレシピ”で作る家庭料理のレシピ帖』、『あえ麺100』『ホーローバットで作るバターを使わないお菓子』(ともに共著/すべて主婦と生活社)など。 
http://natsuikeiko.com   Instagram:natsuikeiko

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