第3回 高校時代の寮生活で食べた伝統のケーキ『ムーンライト』

夏井景子さんの想い出の味
2021.01.28


私は高校生の時、寮生活をしていた。通っていた高校はキリスト教系の学校で、朝は毎日礼拝から始まる。パイプオルガンに合わせて讃美歌を歌って、お祈りをして、一日を始めていた。その高校生時代があったからか、冬になると街で流れるクリスマスソングは、だいたい歌詞がわかる。

県外からの生徒も多いため、寮があった。通いの生徒が7割、寮に入る生徒が3割の学校だった。学校の敷地内に女子寮と男子寮が2つずつあって、私は自宅から通えない距離ではないものの、片道2時間の通学が苦になり、2年生から寮に入った。寮生活は厳しいと、寮生のクラスメイトからさんざん聞いていたけれど、私はとても楽しみだった。

厳しさを簡単に説明すると、1.2.3年生が合同の3人か4人ずつの部屋割り。朝6:50に起床の放送が流れたら、1年生が部屋の電気をつけてカーテンを開ける。食堂へごはんを食べに行き、部屋に戻って、部屋や廊下の掃除。8:20までに準備をして寮を出る。8:20までに寮を出られないと、チェックが入る。そのチェックというものがたまると、月末の大掃除で大変な場所の担当になってしまうという、恐ろしいものだった。

他にチェックがたまることといえば、朝部屋を出た時に自分の机の奥1/3より手前に物が置いてあったらチェック、洗濯機を使い終わった後に蛇口が閉まってなかったらチェック、賞味期限切れのものをそのまま冷蔵庫に入れていたらチェック…と、チェックは日々様々な場所でついてしまう。と、これは20年以上前の話で、今はもうこんな風習はないとのこと(ご安心ください)。寮での話は、まだまだ話のネタとして数えきれないほどある。

部屋について言うと、年に4回部屋替えがあり、メンバーが変わる。部屋替えをした時や、部屋の先輩、後輩が誕生日の時などは、『宴会』という呼び名のパーティーをするのが恒例だった。

パーティーのメニューは各部屋様々だけれど、定番は麻婆春雨やミートソーススパゲティ、そして、寮伝統の『ムーンライト』というアイスケーキ。私は1年生の時は自宅から通っていたのだけれど、仲良くしていたクラスメイトが寮生だったのでよく寮の話は聞いていて、宴会の話も聞いていた。そして、『ムーンライト』というケーキが美味しいとの話も聞いていた。憧れのムーンライト。ムーンライトって響きも、なんだか素敵だし。

私が初めてムーンライトを食べたのは、寮に入って部屋の先輩と同級生が歓迎会を開催してくれた時。「これがあのムーンライトか!!」と、白いお皿にのって現れた時には密かに興奮した。


ムーンライトの作り方は、いたって簡単。クッキーを牛乳で浸して、砂糖を入れて泡立てた生クリームと交互に重ねて凍らすという、とてもシンプルなアイスケーキのようなもの。クッキーはお好みのもので。ビスケットでもいい。

私たちは、チョコチップクッキーをよく使っていた。これがとっても美味しい。え、なんでこんなに美味しいの…という美味しさ。チョコチップクッキーも生クリームも単品で食べても美味しいから、それらが組み合わされば確かに間違いはないのだけれど、しっとりしたクッキーと凍った生クリームが、口の中で少し溶けて合わさった時のお互いの相性のよさ…。ムーンライトを食べて、「あぁ、私も寮生になったんだなぁ」と思った。

寮からはいちばん近いコンビニまで徒歩40分、海まで徒歩5分、部屋にはもちろんテレビなんてなくて、携帯もNG。そんな、今考えれば少し世間離れした生活を送っていた。でも毎日毎日楽しくて、私たちはいつも元気で常にお腹が空いていて、夕食の後にカップラーメンやお菓子を食べるのは日常茶飯事だった。

寮のみんなとは今でも仲が良く、このご時世でなかなか集まれないので、最近みんなでオンライン会をした。久しぶりなのに、久しぶりじゃない感じ。人生のうちのたった2.3年を一緒に生活しただけなのに、妙な安心感がある。ムーンライトの話になって、あれはどこからきたのかという話になったけれど、相当昔から寮の伝統のケーキらしい。

ちなみにムーンライトという名前は、たぶんあの青い箱の「ムーンライト」というクッキーからきているんだと思うけれど、私たちの代になると誰もあのクッキーでは作っていなくて、1箱100円くらいのいちばん安いチョコチップのクッキーで作っていた。

今回このエッセイを書くために、高校卒業以来、初めてムーンライトを作ってみた。寮以外の場所で食べたらあんまり美味しくなかった、という噂も聞くし…。私のあの大好きなムーンライトが、美味しくなかったなんて思いたくないな…と、少しネガティブな思考が浮かびつつ、高校生の時の記憶をもとに作ってみた。

まず、クッキーを牛乳に浸しておく。結構な時間を浸していた気がする。生クリーム200ccに砂糖大さじ1強を入れて泡立てる。8分立てくらいまで。なんとなく甘めで、しっかり目に泡立てたほうが美味しいはず。パウンドケーキの型にオーブンシートを敷いて、牛乳に浸したクッキーと生クリームを交互に重ねていく。当時はお皿にそのまま重ねて冷凍していたけれど、パウンド型に入れたほうがカットした時にきれいになるはず。冷凍庫で凍らせたら完成。


うーん、久しぶりに作ったけれど、確かに美味しい。見た目はいい感じ。でも、やっぱりあの寮で食べたムーンライトのほうが、格段に美味しく感じてしまった。
やっぱり思い出の味には、思い出という相当な調味料が入っている。

【夏井景子さんの想い出の味②】はこちら

 

Profile

夏井景子
Keiko Natsui


1983年新潟生まれ。板前の父、料理好きの母の影響で、幼い頃からお菓子作りに興味を持つ。製菓専門学校を卒業後、ベーカリー、カフェで働き、原宿にあった『Annon cook』でバターや卵を使わない料理とお菓子作りをこなす。2014年から東京・二子玉川の自宅で、季節の野菜を使った少人数制の家庭料理の料理教室を主宰。著書に『“メモみたいなレシピ”で作る家庭料理のレシピ帖』、『あえ麺100』『ホーローバットで作るバターを使わないお菓子』(ともに共著/すべて主婦と生活社)など。 
http://natsuikeiko.com   Instagram  natsuikeiko

肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。

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