第13回 それを食べた男の子のひと言で運命が決まった、思い出の紅茶のパウンドケーキ

夏井景子さんの想い出の味
2021.11.24

たまに、どうして料理の道に進んだのですか?と聞かれることがあって、その時はたいてい、「お菓子を作ることが小さい頃から好きで、製菓の専門学校へ行って、オーガニックカフェで働いていた時に料理を作るほうが楽しくなって、独立して今に至ります」と答えている。

小さい頃は本当にお菓子を作ることが好きで、日々お菓子の本を眺めていた。
まだ生地を混ぜたりなどできない頃は、スーパーでクッキー生地が売られていて(型で抜いて焼くだけのもの。そういえば今はあまり見かけない気がする)、それを買って家でよくクッキーを焼いていた。テーブルに敷くSNOOPYのシートと、クッキーの抜き型を母が買ってくれて、姉妹でよくクッキーを焼いていた。

小学生になって、担任の先生のお家に遊びに行った時に、お菓子の本があった。母もよくドーナツを揚げてくれたり、スイートポテトを作ってくれたりはしていたが、ケーキというものはあまり作っていなかったし、お菓子の本は見たことがなくて、初めてお菓子の本というものを見て感激した。私があまりにもずっとそのお菓子の本を見ているので、見かねた先生がその本をくれた。
これが、私が子どもの頃にお菓子作りを始めたきっかけ。
 
その本には初級・中級・上級と、それぞれのお菓子にマークがついていて、初級はプリンやマドレーヌから、中級はスポンジケーキやムース。上級になると、なんとエンガディナーやダークチェリーパイと幅広い。
本の裏表紙は雪印バターの広告で、雪印のバターを使ったパンプキンパイの作り方が書いてある。

 
その本の中にある初級の紅茶のパウンドケーキと、裏表紙のパンプキンパイがお気に入りで、数えきれないほど作った。学校が休みになれば、せっせと焼いて家族に食べてもらう。特に、甘いもの好きの父は「上手だね〜」と褒めながら食べてくれた。

そして、私の十八番になった紅茶のパウンドケーキ。小学生から専門学校に入るまで、ずっと作り続けた。いろいろなケーキを作って、失敗することも多々あったけれど、この紅茶のパウンドケーキとパンプキンパイだけは、いつでもちゃんとおいしく作れた。
焼いては次の日学校に持っていって、友達に食べてもらう。みんな喜んで食べてくれるので、この頃から誰かに食べてもらうことはとても好きだったと思う。学校で進級する時に書いていたサイン帳の趣味の欄には、「お菓子作り」と書いていた。

あれは確か高校2年生の夏。私は進路に悩んでいた。ずっと看護師さんに憧れていて、進学したのは普通科の高校だったけれど、看護科のある高校と迷うほど小さい頃から看護師さんに憧れていた。

でも高校生になって、恐ろしく理数系が苦手なことや、好きなお菓子作りの仕事も楽しそうだなとぼんやり思ったり、興味のあった社会科の勉強を大学に行ってもっとしたいな、と日々悩んでいた。
悩んでいる時にも、お菓子作りはいい。集中して手を動かすと、気持ちもスッキリしていく。

次の日、焼いた紅茶のパウンドケーキを学校へ持っていって、その当時好きだった男の子と休み時間に一緒に食べた。その子は「うん、今日もうまいね」と言ったあと、「夏井はさ、お菓子屋さんになったらいいと思うよ。お菓子作るの上手じゃん」とさらっと言った。たぶん、何の気なしに言ったことだったと思う。「そうかな、えへへ、ありがとう」と言って、また違う話をして自分の教室へ戻った。

これが、私がお菓子の専門学校に入ったきっかけ。そうだな、お菓子作るの好きだから勉強しようかなと、私は製菓の専門学校へ進学した。

今これを書いていると、誰かのひと言で進路を決めちゃったな。。と、自分でも恥ずかしく思う。真剣に悩んで決めたことだけれど、あのひと言がなかったら、今全く違う仕事をしていたかもしれない。

先生がくれた本と、その本の中の紅茶のパウンドケーキ、そしてそれを食べた男の子のひと言。1冊の本と1つのケーキが今の自分の仕事につながっていて、あの本をくれた先生に今でも本当に感謝している。

久しぶりに紅茶のケーキを作ったけれど、やっぱりおいしい。
いつまでも大切にしたい、思い出の紅茶のパウンドケーキです。

 

夏井景子さんの想い出の味⑫〜甘いもの好きの父と一緒に食べた「ジョアン」のミニクロワッサン】はこちら

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Profile

夏井景子

KEIKO NATSUI

1983年新潟生まれ。板前の父、料理好きの母の影響で、幼い頃からお菓子作りに興味を持つ。製菓専門学校を卒業後、ベーカリー、カフェで働き、原宿にあった『Annon cook』でバターや卵を使わない料理とお菓子作りをこなす。2014年から東京・二子玉川の自宅で、季節の野菜を使った少人数制の家庭料理の料理教室を主宰。著書に『“メモみたいなレシピ”で作る家庭料理のレシピ帖』、『あえ麺100』『ホーローバットで作るバターを使わないお菓子』(ともに共著/すべて主婦と生活社)など。 
http://natsuikeiko.com   Instagram:natsuikeiko

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