第5回 祖母から伝わるレシピで昔ながらの味を〜スウェーデンのトラディショナルベイクが楽しめる家族経営のベーカリー

マツバラさんのSwedenフィーカ通信
2022.08.31

こんにちは、北欧・スウェーデンのダーラナ地方に住むマツバラヒロコと申します。
スウェーデンのフィーカ(Fika:スウェーデン語でコーヒーブレイクやティータイムのこと)のお菓子をご紹介するエッセイも今月で5回目、いよいよ短期集中連載の最終回です。よろしくお願いします。

街の郊外にある乳業工場のすぐ近くに、木壁の色もレンガの色も同じ赤色のトーンのかわいいお店があります。私が通い始めた当初は、パンと焼き菓子を売る小さなお店という感じだったのですが、3年前から週末にカフェもオープンしました。


広い麦畑の脇に立つ「田舎のパン屋・ホームメイドのパン」の看板。

スウェーデンには、最近までフランスやイギリスなどのお菓子は意外にあまり入り込んでいなかったのですが、SNSの影響か、近年になってお菓子研究家の人たちが発信するお菓子には、ムースやガナッシュなどが見られるようになりました。そんな中、スウェーデンのトラディショナルベイクと考えていちばんに思いついたのが、この家族経営のベーカリーでした。


右側の黒いドアがベーカリー、左のドアがカフェへの入り口。看板犬がお出迎えです。

ブッレひとつとっても、ブルーベリーをのせたり、レモンカードを巻いたり、ピスタチオを散らすなど変化球はいくらでもあるのに、この店ではシナモン、カルダモン、バニラの3通りのみ。昔から変わらぬ配合と外観のものを、まったくブレずに焼いています。

 
カカオ味のバタークッキー生地をやわらかく伸ばしているのが、店主のインガリルさん(写真手前)。共同経営者の娘さんは、手際よく溶き卵を塗って、パールシュガーをふっていきます。


焼き上がったカカオクッキーは、薄く広がっているのを熱いうちに斜めにカットします。

初めて食べたここのバニラ風味のブッレは、衝撃的なおいしさでした。正直言ってストックホルムで食べるブッレはガッシリと重く、私の好みからすると少しかたくてドライなのですが、ここのブッレはふっくらとやわらかくよくふくらんで、しっとりとしたその編み目からは、とろけそうなバニラの香りが甘く立ち上るのです。


巻きめも、ふんわり。生地もふわふわ。誰もが大好きな食感のバニラブッレは、ブッレといえばシナモン味という定説を覆すほどのおいしさでした。

そもそも日本の人はやわらかめのパンが好きだと言われていますから、私が惹かれたのも納得です。それにしてもあまりにもおいしいので、今回お話を聞きに行ってきました。

もともと養鶏場だったという細長い建物のいちばん端に、昔は直接卵を買いに来る人たちのための小さな即売所がありました。店主のインガリルさんのお母さんが、その即売所に卵と一緒に小さな焼き菓子を並べていたのが始まりで、それが今のようなベーカリーになったのは15年前。

小さな即売所だった小部屋に業務用のオーブンを入れ、昔ながらのレシピで焼き上げるふわふわのブッレや伝統焼き菓子は、地元の人たちをあっという間に魅了しました。養鶏場だった部分は今ではリノベーションされて、フィーカはもちろん、サンドイッチのランチもできる田舎風カフェになりました。


養鶏場を改装したとは思えないシックな空間は、レトロな家具を配してリラックスしたカフェになっていました。


スウェーデンのカフェは、基本的にコーヒーはおかわり自由なのがうれしいところ。昔のティールームのように小さなカップで出されるコーヒーに、伝統の焼き菓子が似合います。 


パンやクッキーを販売しているブティックからつながる木枠の古い扉は、養鶏場のなごりを感じさせてくれます。

ラインナップは、まさに『7種類のお菓子』。カカオ味の斜めカットクッキー、ラズベリージャムのクッキー、トスカケーキ、ブダペストロール…。私の大好物の、メレンゲを巻いたクッキーもありました。

これらのレシピは全部、祖母の代から伝わるものだそう。「でも私の祖母も、そのまた母や祖母からのレシピを使っているって言ってたから、ゆうに100年は超えてるかもね」と言ってインガリルさんは笑っていました。


母と娘、そして妹と女3人のキッチン。さぞ楽しいおしゃべりなどしながら焼いているのかと思っていましたが、作業が始まると黙々と、各々の作業に没頭します。合図がなくても、連携プレーがピタリと決まるところにもシビレます。 


メレンゲをバター生地と巻き込んで焼くJitterbuggare という名前のクッキー。カリッとしたメレンゲと、サクホロのクッキー生地との組み合わせが最高なのです。

「何も変わった材料は使ってないの。卵、砂糖、バター、小麦粉。普通の人がおうちで焼くような普通のレシピを、普通に焼くだけ」
毎日が忙しくなり、その「普通に焼くだけ」をしなくなった現代の家庭が、まさに「母の味」「おばあちゃんの味」を求めてこの小さなベーカリーにやってくるのです。

さてここで、気になっていたブッレの秘密を聞いてみました。
「都会のベーカリーで売っているブッレはかためなのが多いのに、ここのはどうしてふわふわなんですか?」すると「他のベーカリーのブッレを食べたことがないので、違いがわかんないのよね」とのこと。
うーん、レシピの秘密は教えてもらえなさそうです。


私の憧れのバニラブッレ。この味を目指して、またブッレを焼き続けていきたいと思うのです。

 

 第4回 スウェーデンのおもてなしは7種類のお菓子?累計380万部超えのお菓子作りのバイブル『Sju sorters kakor』】はこちら

★マツバラさんのフィーカ通信、短期集中連載(全5回)は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

Profile

マツバラ ヒロコ

HIROKO MATSUBARA BRÄNNHOLM

神戸出身。大阪のテキスタイル商社に10年勤めたのち、北欧への興味が募り、2003年よりスウェーデン・ダーラナ地方のテキスタイルコースで2年半学ぶ。現在はダーラナ地方在住で、アンティークや手工芸品を扱うWebショップ<happy sweden>を運営、スウェーデン人の夫、娘、柴犬と暮らす。日本帰国時には、北欧に伝わる編み物の祖先のような手芸「ノールビンドニング」のワークショップを行い、時にはワークショップと同時進行でカネールブッレを焼くことも。著書に『はじめてのノールビンドニング』(共著/グラフィック社)。

https://www.happysweden.net/ 

スウェーデン暮らしのinstagramは@happy_sweden
趣味で始めたお菓子作りのinstagramは @fikateria

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