第8回 オシャレなキョンキョンが最高にかわいかった『怪盗ルビイ』に出てきたキャビア
映画好きの父の影響で、小さな頃はよく映画を見ていた。小さい頃に何回も見た映画は、今でもよく覚えている。赤毛のアン、グーニーズ、ドラえもんシリーズ、オズ、どれも今でも大好きな作品ばかり。
その中でも、おませな子どもだった私のお気に入りの映画は、邦画の『怪盗ルビイ』。1988年に公開された、和田誠さんが脚本・監督、真田広之さんと小泉今日子さん主演の映画。
『怪盗ルビイ』のあらすじを紹介すると…
DM発送会社に勤めるサラリーマンの徹。ある日、母親と2人で暮らすマンションの上階に、かわいい女の子・留美が引っ越してくる。フリーのスタイリストだという彼女、実は本業は“ルビイ”という名の怪盗だと徹に打ち明ける。「協力して」と彼女に頼まれ、弱気な徹は断りきれず、強盗や詐欺、銀行強盗を手伝うはめに。でも、ルビイの計画は失敗ばかりで…。
ルビイと呼ばれるキョンキョンが、登場からずっとかわいくてとってもオシャレで、憧れだった。私の中のオシャレという概念が作られたのは、間違いなく怪盗ルビイのキョンキョンを見てからだった。初めてというのは、いつでも自分の気持ちに衝撃が走る。
大瀧詠一さんが歌う、「怪盗ルビイ」という曲を知っている人も多いのではないか。映画ではキョンキョンがエンディング曲として歌っていて、エンディングもとてもかわいいのだ。
映画の中で、小洒落た輸入食品やワインを取り扱うお店に行くシーンがある。その店主のおじいさまも、これまたオシャレな方なのだ。
慣れないお店に入り、挙動不審な徹(真田広之)が、何かお探しですかと店主に言われ、慌てて「あ、これです。あったあった」とその場しのぎで手に取った物は、小さなびんに入ったキャビアだった。CAVIARと書かれた、手のひらに収まる小さな瓶。お会計で5300円と言われて、徹はビックリする。こんな小さな瓶が5300円…。
そしてテレビの前の私も驚く。あんな小さな瓶が5300円…。キャビアって何? 驚いていても、物語は進む。
キャビアを購入した徹は、翌朝その瓶を開け恐る恐る匂いをかぎ、スプーンの先にのせ、ペロッとひと舐めし、ほんのひと口食べてみる。とてもおいしくて目がまん丸。ごはんにたっぷりのせ、ひと口食べる。ごはんにとても合う。おいしくてばくばく食べる…。
セリフはないけれど、キャビアという物がおいしいということを知るには十分なシーンだった。
子どもの私でも、手のひらサイズの食べものが5300円というのはとても高いということがわかった。そんなに衝撃のおいしさなのか…謎だった。そしてキャビアは、私の憧れの食べ物になった。
キャビアとは何か知っても、なかなか出会う機会はない。小さな頃から憧れを抱いたものや人には、どうにか出会ってみたい好奇心のようなものは強くて、いつか大人になったらキャビアを食べてみたいと、くり返し『怪盗ルビイ』を観ては思っていた。テレビでキャビアがのった食べ物が紹介されていると、私はいつもあのシーンのことを思い出していた。
そして、キャビアとの出会いは急にやってくる。ずっと願っていた物や人に会うチャンスは、予期せぬ時に急にやってくる。
18歳の時に叔父が亡くなった。キャビアとの出会いは、叔父が亡くなった時の精進落としでのこと。あまり食欲もないな…と思っていた時に、テーブルに置かれたメニューに目を向けると、そこにはまさかのまさか、キャビアの4文字が並んでいた。
「え…キャビア!?」
急に長年の憧れが目の前に現れたことを知り、気持ちが高ぶってしまった。自分の親族の精進落としの時間に、不謹慎にもほどがある。
キャビアに出会えてうれしい気持ちと、叔父への申し訳なさと、何とも言えない気持ちのまま、私はキャビアを口へ運ぶ。いざ食べてみると、気持ちが定まっていないからか、イマイチ味もよくわからないまま。ちょこんと盛られたキャビアは、一瞬で喉を通りすぎていってしまった。
そんなこんなで私のキャビアデビューは、予期せぬタイミングで訪れ、あっさり終わってしまった。
2回目にキャビアを食べたのは、しっかり大人になって、奮発してフレンチを食べに行った時。2回目のキャビアは、とってもおいしかった。
去年、和田誠さんが亡くなり、追悼で『怪盗ルビイ』が劇場公開されていた事を知ったのも、このエッセイを書くにあたり『怪盗ルビイ』についていろいろ検索していた時だった。
劇場で観てみたかったな。私にオシャレと憧れを教えてくれた映画。『怪盗ルビイ』に関してもっともっと書きたいことがあるのだけれど、ネタバレになるので、ぜひぜひDVDで観てみてください。見終わった後に、きっとキャビアをごはんにのせて食べてみたくなります。
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Profile
夏井景子
1983年新潟生まれ。板前の父、料理好きの母の影響で、幼い頃からお菓子作りに興味を持つ。製菓専門学校を卒業後、ベーカリー、カフェで働き、原宿にあった『Annon cook』でバターや卵を使わない料理とお菓子作りをこなす。2014年から東京・二子玉川の自宅で、季節の野菜を使った少人数制の家庭料理の料理教室を主宰。著書に『“メモみたいなレシピ”で作る家庭料理のレシピ帖』、『あえ麺100』『ホーローバットで作るバターを使わないお菓子』(ともに共著/すべて主婦と生活社)など。
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