フォトグラファー・天日恵美子さん【前編】「何枚も何枚もポラを撮って、『オリーブっぽい』を探しました」
そばかすがチャームポイントになることも、かごのかわいさも、公園で食べるサンドイッチのおいしさも。大事なことはみんなオリーブに教わった。80年代、90年代、少女たちに熱狂的に支持された雑誌『オリーブ』。その熱狂をつくり出していた、素敵な先輩を訪ねます。
text:鈴木麻子
『オリーブ』のページで見える景色は、どこか浮世離れしていていつもキラキラ、「ここではないどこか」に私たちを連れ出してくれるのでした。そのイメージは、たとえばパリのカフェ、ロンドンの街角、コニーアイランドの海岸沿い……。海の向こうの素敵な景色、おしゃれで、かわいくて、おしゃまで、ものすごく洗練されている。ページをめくる度、少女たちは「はあー」と憧れを募らせるのでした。でも、それってほとんどが、実は日本で、東京で撮影されていたんです(いま考えれば、当たり前のことなのですが)。
「休みのほとんどはロケハン(ロケーション・ハンティング/撮影場所を探すこと)に費やしていたかなあ~」。そう振り返るのは、フォトグラファーの天日恵美子(てんにちえみこ)さん。1990年代初頭から2000年まで、編集部に在籍し「かわいい」を撮り続けてきた女性です。
よくロケで訪れていたという、とある公園に佇む天日さん。ビックサイズのキャンバストートは、荷物の多い撮影の必需品。これは画材店「月光荘」のもの。
「オリーブが好きで、オリーブの写真が撮りたい! ってマガジンハウスに入社したんです」。でも、最初に配属されたのは写真管理部。フィルムをプリントしたり、管理したりする仕事が主。きっちり定時で終わる部署でした。まだ20代前半の天日さん、その自由に使えるアフターファイブの時間に何をしていたかというと……。「来る日も来る日も、映画を見続けていました」。ミニシアターをはじめ、職場近くに映画館がいくつかあったこともあり、会社が終わると毎日のように映画館へ直行。「何かのためにということではなくて、ただ好きだったから、それだけ」。でも、この経験が、後に、じわりと効いてくるのです。
それから数年後、晴れてオリーブ編集部に配属となった天日さん。そのときまだ、20代前半。「かわいい探し」の旅の始まりです。当時は、百戦錬磨のスタイリストさんが、撮影現場のリーダー。まだまだ駆け出しの天日さんが飛び込んでいったところで、すぐに彼女たちの高い要求にこたえていけるわけはなく……。
「撮影では試しにポラを撮って、方向性を確認するのですが、私が撮るポラを見て、『違う、違う』って何度もやり直ししましたね。『これはオリーブじゃないから』って。みなさんイメージが頭にあるから。何枚も何枚もポラを撮って、『オリーブっぽい』を探すんです」。撮影は朝までかかることもザラだったと振り返ります。
オリーブ時代の天日さんのスナップ。オカッパがトレードマーク。愛嬌たっぷりの笑顔で、先輩方にかわいがられた(ときに叱られ、、、)。
「オリーブっぽいって何?」。天日さんの『オリーブ』での日々は、その答えをひたすら模索することでした。モデルの表情や仕草、街の雰囲気、建物の形、空の色、自然の気配、柔らかな光……。
「何か参考になるものはないかな? って、常に外国の雑誌を見ていましたね。『オリーブ』の先輩スタッフに日本の雑誌は絶対に見ちゃだめって言われていたんです。日本の雑誌を見て撮ったら、同じ風になってしまうから。たとえ、他誌で登場していたところに行っても、違う目線で撮ることを求められていました。それじゃなきゃ『オリーブ』じゃないから。だから、お休みの日は、新しい景色を見つけるため、いつもロケハンをしていましたね」。歩いて歩いて、ひたすら探す。「ここではないどこか」は、そうしてつくられていたのです。
天日さんの考える「オリーブ的なもの」は、トートバッグ。撮影機材や資料を入れるために、常に持ち歩いている。人にもらったり、旅先でお土産に買ったり、どれも思い出がいっぱい。
『ヴォーグ』や『フィガロ』『エル』……外国の雑誌も参考にしていたけれど、もっと役に立ったのは、新入社員時代に浴びるように見ていた映画たち。「『オリーブ』では一枚の写真を撮るのに、ストーリーを考えるんです。モデルの女の子がどんな暮らしをして、どんなものが好きで、何を思うのか? 写真には写らないけれど、たくさんの物語を用意して撮影に臨む。その物語をつくるのに、『オリーブ』に入る前にいっぱい見ていた映画は生きましたね。たとえば、『地下鉄のザジ』っぽい雰囲気でといわれたら、すぐにそのイメージが浮かぶんです」
Profile
天日恵美子
マガジンハウスに1991年入社。写真管理部、ポパイ編集部を経て、オリーブ編集部に長年所属。巻頭ファッションページ、雑貨企画、有名人ポートレートはもとより、小沢健二さんの名物連載「ドゥーワチャライク」などの撮影も担当。2010年よりフリーランスに。女性誌を中心にファッション、ビューティー、インタビューなど、見る人をキュンとさせる「かわいい」写真を撮る。
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