コーヒー焙煎人「coffee caraway(コーヒー キャラウェイ)」芦川直子さん(前編)~おいしいコーヒーと、そのまわりの心地よい空間をつくる
生活道具からおいしいものまで、衣食住にまつわるさまざまな“つくる人”を訪ねるマンスリー連載、今月は女性ではまだまだめずらしい、コーヒー焙煎を行い、コーヒーショップ「コーヒー キャラウェイ」を営んでいる、芦川直子さんにお話を伺いました。
Photo:有賀 傑 text:田中のり子
東急東横線の祐天寺駅から徒歩数分、カフェやビストロ、古着店など味わいのある個性的な個人商店が点在するエリアに「コーヒー キャラウェイ」が移転したのは、2015年8月のこと。まるでパリの街角にあるパティスリーのような外観は、いわゆる「コーヒーを飲める喫茶店」とは、ひと味違った印象です。内装を手掛けたのは、国立「フードムード」やつつじヶ丘「手紙舎」の店舗デザインでも知られる、建築家の井田耕市さん。
対面式での豆の販売はもちろんのこと、一杯一杯ていねいにハンドドリップされたコーヒーを店内で飲むことができます。取材に訪れた日、芦川さんはまず「Apres-midi(アプレミディ=午後、昼下がり)」と名付けられた中深煎りのコーヒーを入れてくださいました。「ハンドドリップでおいしいコーヒーを入れるコツは何でしょう?」と尋ねたら、実演を交えて応えてくれました。
「コーヒー豆にとっては90から85℃が適正と考えています。温度が高すぎると苦味や渋味が出てしまい、逆にぬるすぎると香りが出ない。沸騰したてのお湯ではなく、やかんからドリップ用のポットに移しかえると、ちょうどいい温度になると思います」
さらに大切なのは、最初の蒸らし。フィルターにセットしたコーヒー豆に少量ずつお湯を落とすと、コーヒー豆が立ち上がるように、じゅわ~っとふくらみます。じわじわとお湯が全体にしみ込んでいったらお湯を注いでは休む、注いでは休むをくりかえすと、やがて下のサーバーに、ポタ、ポタと、濃い液がたれてきます。
「この蒸らしの時間で、いかに味を引き出すかが重要なんです。コーヒーの味わいは、ほぼここの段階で決まってしまうと言っても過言ではないほど。あとはお湯を注ぐスピードを上げ、ポットの注ぎ口を回して全体に広げます。コーヒーの落ちる速度が速まり、色も薄まります。最初に出した濃いエキスをそれで薄めていく感じですね。最後まで落としきると雑味が出てしまうので、ドリッパーは早めに外します」
「カップもきちんと温めておきましょう。コーヒー一杯(200mℓ)あたり、コーヒー豆を20gが目安。そこでお湯の量が10mℓでも変わると、味わいのバランスが変わってしまいます」芦川さんはビーカーをサーバー代わりに使っていましたが、初心者は湯量の感覚を正確に身につける意味でも、目盛りがついたビーカーを使うのがおすすめだと話してくれました。
コーヒーと言えば、「コロンビア」「グァテマラ」「モカ」といったふうに、産地名を表記して販売されるのが主流です。けれど「コーヒー キャラウェイ」のコーヒーは、ストレート(コーヒー豆を一種類だけ使用したもの)でありながら、「マタン(朝、午前)」「キャトゥルール(おやつの時間)」「ニュイ(夜、晩)」など、「コーヒーが飲みたいときの雰囲気や感覚」で選んでもらえるようなネーミングになっています。
フレッシュでさわやかな朝に飲みたいフルーティな中煎りの豆なら「マタン」、甘いお菓子と合わせても負けないコクを持ち、深煎りでほろ苦い味わいなら「キャトゥルール」というように。使用する豆も常に固定しているわけではなく、その時期に届く豆の状態を見ながら選ぶそう。マニアなわけではないけれど「コーヒーを飲む時間を大切にしたい」と考えている人たちへ、フレンドリーでやさしいコーヒーを届けたいという思いが、豆のネーミングにも表れています。
豆の焙煎に用いるのは、業界では「サンプルロースター」(少量を試し焼きできる焙煎機)と呼ばれる小型焙煎機。2005年に自宅でコーヒー焙煎を始めたときから、「キッチンで使えるサイズを」と愛用してきたもので、一回で500gほどしか焼けません。焙煎は、ほんのちょっとの火加減や時間の違いで、味わいがガラリと変わってしまうもの。コーヒー豆は農産物なので、同じ産地でも繊維の固さや水分量など、状態はバラバラ。いつでも「焼いてみないと、分からない」ものなのです。
2015年に店を移転したときに、さらに大きいものを購入することも検討したそうですが、感覚が慣れたこちらを継続して使うことに。一回一回、豆に誠実に向き合っている芦川さん、焙煎作業はほぼ毎日行っています。
焙煎に加え、おいしいコーヒーのためのもうひとつのポイントは、豆のハンドピック(欠点豆を手作業で取り除く作業のこと)。虫食いのある豆、「貝殻豆」と呼ばれる空洞のある豆、未成熟で色が白いものなどなど。芦川さんは焙煎前、焙煎後の2回、ハンドピックを行うことで、豆たちを「粒揃い」にしていきます。大量生産をするメーカーなどは、取り扱う豆の量が多すぎて、こういう手作業は難しくなります。そして「欠点豆は根こそぎ取ればいいのか」というわけでもなく、「取りすぎると個性がなくなる」と考える人もいる世界。豆をはじく基準にも、焙煎人の個性が表れると言われています。
「コーヒー一杯分の豆20gは、およそ100粒強と言われています。その中に欠点豆が5粒入っていると、味わいが変わってくる……というのは、何となくイメージできますよね。例えば大量生産品の豆を買ったときに、たくさん取る必要はありませんが、『これは今ひとつだな』と思う豆を自分ではじいてみると、すっきりおいしくなると思いますよ」
「焙煎人」であり、お客さまにコーヒーの魅力を伝える「コンシェルジュ」でもありたいと話す芦川さん。ていねいなドリップで、店内でおいしくコーヒーを飲んでもらうだけでなく、持ち帰って家でも存分に楽しんでもらうために、コーヒーについての知識やちょっとしたアドバイスを伝えることも、常に心掛けているそうです。
Profile
芦川直子(あしかわ・なおこ)
会社員を経て、2005年より自宅でコーヒー焙煎を開始、2006年よりインターネットで販売をスタート。2008年に東京・上目黒に「coffee caraway」をオープン。2015年五本木に移転。実店舗で焙煎・販売を行いながら、出張イベントや豆の卸販売なども行っている。
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