為末大さん、諦めていいって本当ですか? Vol.3
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”できること”ができないのと
”できないこと”ができないのは違う
でも、問題は苦しいときに、
目の前ではなく自分の横を見ること。
どうしたら、冷静に自分を
俯瞰で眺めることができるのでしょう?
「思い切って、今自分がいるところから、
離れてみるのがいいかもしれませんね」と為末さん。
「スポーツの世界には、選手がスランプに陥る
”イップス”という現象があるんです。
たとえば野球のピッチャーが決め球を投げたときに
ホームランを打たれたとします。
すると決め球を投げようとしたときだけ
うまくいかない……。
自分の指先のことを考えまいとすればするほど、
そのことが頭を離れなくなります。
そんなときは、どう投げるかを考えるのではなくて、
全然関係ないことを一生懸命やるといい。
そのうちに、指先のことなんて
一切考えなくなっている自分に気づきます。
つまり、空白の時間を作るっていうことが
大事なんですよね」。
そう言いながら、一方で
「ただ粛々とやる、
というのも大事かもしれませんね」とも。
「グランドに行って、やるべきことを淡々とやる。
見比べちゃうと、若い選手の方が、
体力があるので3倍ぐらいの練習量をこなせて、
焦っちゃうんですけど、自分はこれをやるべきなんだ、
というのを決めて、ただそれをやる。
トレーニングにしろ、パフォーマンスにしろ、
できることでうまくいかなったことは悔しがっていい。
でも、できないことをできないと落ち込んでも仕方がない。
できないことが増えていくときに、前の価値観のままだと、
どうしても自分の責任を背負いすぎてしまいます。
『これはできないよね』と決めてしまうことが
大事だと思いますね」
ひとりで勝とうと
することをやめた
現役を引退して今年で5年目。
今、為末さんは、「もうひとつの人生」に軸足を移し、
ご自身が経営する会社「侍」で、スポーツや社会、
教育などに関するビジネスを始めています。
「引退後、どんな仕事ができるのかと、
あれこれやってみました。なんとなく
社会の端っこでは生きていきそうだなという
気はしてきたんだけど、自分が出ていくというより、
組織として仕事がしてみたいなと思うようになったんです。
僕が関わるような、テレビに出演をしたり講演をやったり、
というだけでなく、「私」と関係ない事業をやりたい。
僕が出て行く仕事のほうが、利益率は高いけれど、
自分が動いた分しか稼げず、稼ぐために自分が忙しくなって、
会社の経営がおろそかになりますから。
でも、まだまだ模索中ですね」。
今は企業と一緒に義足を開発したり、
子供のためのかけっこ教室を開いたり。
そんな会社経営の中で「勝とうとすること」
「すべてをひとりでやろうとすること」をやめることにしたそう。
「ある勉強会に参加したとき、ゲームをやったんです。
模擬国連で、自分が考えた議題を
どうにかして通すというものでした。
それが僕だけ全然うまくいかなかったんですよね。
みんな、あそこと手を組んだらこっちもうまくいく、
とネゴシエーションしていたのに、
正面突破で全員に勝とうとしていた。
それでハッとしたんです。昔から目の前の人に勝つ、
という癖がついていたんだなあと思い知りました」。
今は「人間の心」にいちばん興味があるそうです。
「ビジネスを始めようとはしているんですが、
『すごく儲かるよ』という話には、
うまくときめかないんですよね。それよりも、
心理学の学会などに行って話を聞くと、
すごく興奮したりする。つまり、僕はスポーツを通じて、
人間というものを理解したいんだと
いうことがわかってきました」。
Vol.4に続く
text:一田憲子 photo:中川正子
『暮らしのおへそVol.22』より
Profile
為末大
1978年広島生まれ。陸上スプリント種目の世界大会で、日本人として初のメダルを獲得。男子400メートルハードルの日本記録保持者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。2012年現役を引退。現在は、自身が経営する株式会社侍ほかでスポーツ、社会、教育などに関する活動を幅広く行っている。
肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。