美しい循環を生み出す帽子づくり~「chisaki」デザイナー 苣木紀子さん(後編)

”つくる人”を訪ねて
2017.06.15

雑貨からおいしいものまで、衣食住にまつわるさまざまな“つくる人”を訪ねるマンスリー連載、人気帽子ブランド「chiaki」デザイナー苣木(ちさき)紀子さんのお話、続きです。

前編はこちらから

 Photo:有賀 傑 text:田中のり子

 

「ほんの軽い気持ちで、たまたまベレー帽の作り方を教わったら、ものすごく楽しくて。それまで自分自身も帽子なんてほとんどかぶっていなかったのに、不思議ですよね」

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ベレー帽の作り方をマスターしたら、「では他の帽子はどんな構造になっているのだろう?」と、市販の帽子を買ってそれを分解。パターンの構成や、芯地にどのようなものを使われているかを調べ、やがて自分自身でパターンをひくようになります。帽子を作ってはまわりの友人に贈り、「かぶり心地はどう?」とリサーチし、その結果を踏まえてまた帽子を作り。ときには何日も何日も、つば部分のパターンばかりをひき続けることもあったそうです。

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話し口調はゆったりしていて、ふんわりやわらかな雰囲気の苣木さん。けれども一度はまったときののめり込み方は徹底的で、完成を目指してあきらめず、納得いくまで試行錯誤し続ける。そんな彼女の気質が、帽子という道すじを与えられ、一気に加速していくように花開いていった様子です。 「帽子はパターンがほんの数ミリ、つばの傾斜がほんの少し違うだけでも印象が変わる、その繊細さ、ストイックさにも惹かれました。ものとして完成したあとも、手にした人のかぶる方向や深さでも雰囲気が一変する。サイズは小さくても、私にとっては無限の可能性が広がる世界に見えたのです」 自分が手掛けたベレー帽をかぶっているときに、知り合いのアパレル会社の社長に会う機会があり、「その帽子かわいいね」「帽子デザイナーを探している会社があるので面接受けてみたら?」という話に。サンプルを10個作って面接に行ったら、その場で、「自分のブランドをやってみる?」という流れになったそう。

そうして任せられたブランド「バルール」は、翌年からパリの小物展示会「プルミエールクラス」にも出品され、日本国内はもちろんのこと、海外でも高く評価されることとなりました。

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お話を伺っていると、まるでシンデレラストーリーのような華々しい展開です。けれどもその裏で、プレッシャーや疲労から胃潰瘍や十二指腸潰瘍、ヘルニアを患ったりと、身体もボロボロになるまで頑張った時期もあったと苣木さんは振り返ります。 「好きで仕方ない帽子づくりを仕事にさせてもらって、海外にまで挑戦させてもらえて、それでお給料ももらえる。もちろんプレッシャーはありましたが、頑張らない理由はないですよね(笑)。とにかく作ることが好きで、楽しくて仕方がないから続けられました」 「バルール」を手掛けた12年間には「商売というものを教わった」と苣木さん。「商売」というと、何だか「お金もうけ」というイメージですがそうではなく、自分たちが「いい」と思える商品をつくり、それがお客様のニーズに合えば売れて、対価として金銭を得られる。その収入があるからこそ、また次のものつくりにつなげていける。そういう循環こそが、健全なものづくりを続けていける核となることを前社の社長から学んだのです。この学びがあったからこそいまの自分があると思っているそう。

 

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洋服のときはものづくりの専門知識がないことがコンプレックスでしたが、帽子に関しては逆に、独学であることがいいように働きました。服飾の専門学校に行ったことによって、自分の力が生かせるのは職人的なパターンの分野ではなく、あくまでデザインであることに気づき、帽子制作では職人さんやお針子さんなど技術的なプロフェッショナルに任せる部分は任せ、その分自分にしかできないこと、先入観のない柔軟な発想でのものづくりをすることができたからです。 苣木さんが独立したのは2015年。日本の高い職人仕事と組んだものづくりをすること、かぶった人が心地よくいられることなどをモットーに、自分自身のブランド「chisaki」をスタートさせます。

 

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苣木さんの会社名は「株式会社MAISON ENKU」。これは江戸時代の修行僧・仏師である「円空」の名から。全国を巡り歩き、その土地土地で木彫りの仏像を残したことで知られ、一説にはその数約12万体と言われているそう。民衆たちが気軽に拝めるようにとつくられた仏像たちは、どことなくユーモラスで素朴な御姿をしています。 「円空さんは僧侶として素晴らしい方ですが、手掛ける仏さまはどこか可愛くて、人々に寄り添い、仏さまと一緒に『何か』を手渡している、その姿勢に強いシンパシーを感じました。仏像と帽子ではまったく役割が違いますが、それでもその人の暮らしの中で、楽しみやよろこびとなるものを、自分もまた手渡していきたいと強く思いました」 前の会社にいたときに手掛けた帽子の数は、およそ12万個にも及んだという苣木さん。ただ数だけをみると、とてつもない数字に思えますが、その先には帽子を楽しんでくれる「誰か」がいて、その人にとってはたったひとつの帽子であることを、常に忘れたくないと語ってくれました。 そんな苣木さんが最近はまっているのが登山。先日挑戦したのは、北海道の大雪山の旭岳・黒岳で、ガイドもつく本格的な雪山登山です。山にのめり込むようになったきっかけは、数年前、探検家であり写真家の石川直樹さんの写真展を見たことがきっかけ。雪山の景色からインスパイアされた「YAMA」という帽子も生まれました。

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「最初に雪山を見たときは、『絶対こんなの登れない!』と思ったのですが、一歩一歩進んでいけば、いつか必ず頂上にたどり着く。帽子づくりも登山と似ていて、展示会のあといただいたオーダーを集計すると、その数が果てしなく思えるときもあるんですが(笑)、1個ずつやっていけば、必ず終わるんです」。 かたちになると可愛いし、可愛いとうれしいから「もう1個つくろう」と思える。そうやって一歩一歩、手渡す先にある笑顔やよろこびを思い浮かべながら、誠実なものづくりを続けていくことを大切にしていきたい。今後の目標は、日本はもちろんのこと、海外のお客さまとも積極的につながっていきたいと考えているそうです。 「私にとって帽子はコミュニケーションツールの一つ。大げさに聞こえるかもしれませんが、言葉や文化が違う人とでも、間に誠実で『いいもの』があれば、つながっていけるということを証明していきたいんです。だからものづくりはひとりよがりではいけないし、常に『この帽子をかぶった人がどんな気持ちになるか』という想像力が大切だと思っています。そしてその帽子が売れることで、材料をつくる人、職人さん、お針子さんやお店の方々など、関わる人たちの間に、いい循環が生まれていく。そんなものづくりを続けていくことが理想なのです」
 

Profile

苣木紀子(ちさき・のりこ)

独学で帽子作りを始め、帽子ブランド「valeur(バルール)」を手掛ける。12年デザイナーとして従事したあと、2015年独立。2016年、株式会社「MAISON ENKU」を設立し、新たなブランド「chisaki」をスタート。国内外での展示会で作品を発表し日本を始め、ヨーロッパやアジア、アメリカでも好評を博す。http://www.chisaki.co.jp/

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