エディター・山村光春さん【後編】「見本は、デンマークの引き継ぎ型社会。それを、僕たちの暮らしや街に根付かせていきたい」
そばかすがチャームポイントになることも、かごのかわいさも、公園で食べるサンドイッチのおいしさも。大事なことはみんなオリーブに教わった。80年代、90年代、少女たちに熱狂的に支持された雑誌『オリーブ』。その熱狂をつくり出していた、素敵な先輩を訪ねます。
text:鈴木麻子
「来月、上田に引っ越すんよ」。1年前の夏、ばったり会って、ひとしきり近況報告で盛り上がったあと、山村さんは別れ際にさらっとそういいました。一週間ほどの旅に出かける、みたいな気楽な感じで本当にさりげなく。超売れっ子のエディターとして、山ほどの仕事を抱え、素敵なもの、こと、人を取材している山村さん。長野県にある上田に引っ越したら、できなくなる仕事も少なくないでしょう。でも、代わりに手に入ることのほうが多いはず。そんなことを言わんばかりに、そのときの山村さんの目はキラキラとしていたのです。
↑ 北欧家具の店「haluta」。ここが、山村さんの長野・上田での仕事の拠点。
「もともと東京だけじゃないなと漫然と思っていたし。『ていねいな暮らし』なんていって発信していることと、自分のライフスタイルとのギャップも気になっていたんです。そのギャップを、近づけて考えたいと思っていたんですよね。“自分ごと”として向き合うというか」
そんなことを考えていた矢先に出会ったのが、長野・上田を拠点に置く北欧家具や雑貨の店「haluta」の代表。「北欧ってインテリアやデザインばかりが取り沙汰されるけど、社会の仕組みや生活文化も本当に面白いよね、それをもっと伝えたいよね、なんて盛り上がって。じゃあ、僕、やります。上田に行きますって」。
「halutaの代表が、自分たちがやっていることはただ家具を売るっていうことじゃなくて、北欧の社会とか仕組みを伝えたい。方法はなんでもいいから伝えたいって。それならば、やっぱりここ(上田)に来るのがいいじゃないかな? って僕から提案したんです」
↑ 上田の中心部から車で20分ほどのところにある倉庫「haluta AndelLund」には、膨大な数の北欧家具のストックが並んでいる。
「haluta365/ハルタ サンロクゴ」。山村さんが編集長を務めるウェブブックは、2015年の8月にスタートしました。コンセプトは「創意工夫の居場所づくり」。自分の暮らす家が、街が、社会が、もっと楽しく、居心地よいものになるように。そんな願いを込めて、上田のこと、北欧のこと、日々の暮らしのことやストーリーを、丹念に取材・構成し紹介しています。美しい写真、クールなイラスト、変化に富んだデザイン、豊かな言葉で紡がれた文章……。それらが見開き単位で収められ、本のページをめくるような感覚で閲覧できます。
「ペラペラめくる感じはこだわっていて。“本”的なところの魂は残しておきたかったんですよね」。山村さんが好きで好きで大好きで、関わり続けてきた本や雑誌。紙からwebへと、メディアの形は変われど、その熱量は全く変わりません。
「ただの街やもの、ことの紹介がしたい訳ではないんです。街のあり方とか、社会の在り方とか、ものや人の背景にあるストーリーや思いにどんどんフォーカスするようになってきましたね。北欧の人たちは、「引き継ぐ」っていう価値観をふつうに持っています。物がうまく循環していくように、街や社会がきっちり成り立っているんです。捨てるのではなく回す、引き継ぎ型社会です。その考え方が、自分たちの暮らす街や社会でも、少しずつ根付いていけばいいなーと思っています」
↑ 大半の家具が北欧のヴィンテージ。北欧では、良質な家具は親から子へ、そのまた子へと引き継がれていくのが当たり前。
「手紙を書くように」綴られた、「haluta365」の瑞々しい記事。私たちの心や暮らしを小さく、でも確実に揺さぶる「心の通った」記事です。
このウェブマガジン「暮らしとおしゃれの編集室」の名物連載「今日のひとしな」でも、山村さんには「haluta365」編集長として、北欧の定番アイテム31個についての記事を書いていただきました。軽快な語り口はそのままに、ぐぐぐっと深堀りしたコラムは大好評。デザイナーものの北欧家具を身近に感じられた方も多かったのではないでしょうか。
「ただただ情報を伝えるんじゃなくて、自分なりの目線、熱さ、方向性、気持ちなんかをのせるように気を付けています。考えてみたら、それって『オリーブ』のころから、ずっと変わっていないんですよね」
↑ 広い広い空、連なる山の稜線、茂る木々……。ここでの時間は、東京の何倍もゆっくり、のんびり。
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