涼しくても、きちんと。"どちらに転んでも絵になる”夏のリネンシャツ
こんにちは。「berkarte(ベルカルテ)」の片山一弥です。
「いつか行ってみたいって思ってたのよ。あの法師ってとこ」
母がそう口にしたのは、暑さが身体にこたえはじめた福井の梅雨の始まり頃。その言葉に、妙に切実な想いを感じたのがこの旅のきっかけでした。これまでも、なんとなく「温泉……」と言うのは多々ありましたが、場所まで伝えてきたのは珍しいことで……。早速、母のその小さな願いを叶えるべく、家族と叔母も連れて車を走らせました。
目的地は、石川県・粟津温泉の旅館「法師」。
創業1300年を超える老舗中の老舗。長寿企業ランキングにも名を連ねる、歴史そのもののような宿です。そんな場所に、福井の一般家庭の私たちがのこのこと向かうというのも、ちょっとしたイベント。母も、出発前から何度も「何着ていこうかな」と言いながら“そわそわ”しておりました。
福井に住んでいる私たちにとって、温泉はそう遠い存在ではありません。なんなら、車で30分も走れば芦原温泉がある。お湯はいいし、宿も選び放題。それなのに、なぜあえて県境を超えて、石川県の粟津温泉まで……?
実は、この「法師」という旅館、母にとっては特別な存在だったのです。テレビや雑誌で何度も目にしては、「ここ、いつか一度は行ってみたい」とずっと思っていたそう。その“いつか”がなかなか来ないまま、母もだいぶいい年齢に。思えば、日々の家事に介護に、家族のために尽くしてきた母。ようやく少し時間のゆとりもできた今、「あの時連れていってあげればよかった」と後悔する前に、思い切って連れていこうと決めたのです。
途中の日本海も夏景色。
当日は晴天。福井から車を走らせて、いざ粟津温泉へ。
「芦原なら一時間もかからんのに……」と呟きつつ、車窓を眺めながら実は楽しみにしていた様子。道中、話題にのぼったのは案の定、芦原温泉。
「次は芦原にしようや、近いし」
「昔行った芦原のご飯もなかなかやわ」
……だから今日は「法師」やてば! と心の中でツッコミながらも、なんとなくわかる。確かに芦原もいいことは知っている。だけど、だからこそたまには“隣の芝生”も見てみたくなるのです。
福井から車を走らせ、およそ1時間半。ようやく「粟津温泉」の看板が。
周囲の町並みは静かで、人通りもまばら。観光地によくある華やかさや賑わいとは少し違い、どこか時間が止まったような空気が漂い……。
「ここで合ってるんやろか?」
と小声で母がつぶやき、私も心の中でちょっと頷いてしまいました。ですが、その不安は「法師」の門をくぐった瞬間に、すっと消えることに。
立派な門構えに、重厚な玄関、そして有形文化財にもなっているロビーに静かに漂うお香の香り。"創業1300年”という数字がもたらす雰囲気に、まず全員ちょっと圧倒されます。
チェックインを終え、お庭の見える茶室にてひと息。ここで出していただいたのが、金沢の「不室屋」さん(金沢を代表するお麩の老舗で、「法師」とはご親戚とのこと)の生麩まんじゅうとお抹茶。これがまた味わい深く美味しい。
案内されたお部屋は、庭に面した落ち着いた和室。
窓からは丁寧に手入れされた木々、池の鯉、静かな水の流れ、まさに絵のような風景。古き建物ならではの“歴史の香り”がまた凄みを深めてくれるようで。
母は窓辺に座って庭を眺めながら、静かにお茶をすすぎ、「来られてよかった……」と一言。その横顔を見た瞬間、この旅の意味がすべて詰まっているような気がしました。
それにしても、「お庭がとても美しい」と事前に聞いていたのですが、まさかここまでとは。
実はこの庭園、なんと江戸時代から続くものだそうで、長い時間の中で幾人もの庭師が手を加え、守り継いできたのだとか。
ただの観賞用ではなく、“時を受け継ぐ場”として、大切に扱われてきた庭。
朝は白くやわらかな光が差し込み、午後は木陰が涼やかに広がり、夜には控えめな灯に照らされて、池の水面がほんのり揺れる。一日で何度も表情を変える庭に、家族それぞれが言葉少なに見入っていたのが印象的でした。
さて、温泉。
千年以上沸き続けるお湯もまた素晴らしく、広々とした大浴場のほかに、部屋にもヒノキ香る内風呂が。湯船に浸かりながら外の木々を眺める時間は、まさに至福。夜も朝も終始身体を預け、のんびり浸からせていただきました。
夕食は北陸の海と山の幸をふんだんに使った料理の数々、それと地酒。いつもは少食な叔母もこの日はきれいに平らげ(笑)。 なんとも贅沢で楽しく、ありがたいひとときでした。
この日、私たちのお部屋やお食事を担当してくださったのは、まだ来日して数年というミャンマー出身の若い方でした。
ハキハキとした受け答えに、丁寧な所作。そして何より驚いたのは、日本の伝統についての知識の深さ。加賀の器のこと、和室のしつらえ、そして「法師」の歴史についてもよくご存じで、家族みんなが思わず「本当に数年?」と驚いてしまったほどです。「まだまだ勉強中なんですけど、日本のこういう文化が好きで……」と照れながら話してくださったその姿に、なんだか胸が温かくなりました
“和”を海外の方から学ばせてもらう……。
これもまた、この宿が持つ“時間の力”の一つなのかもしれません。
旅の締めくくりは、翌朝の朝風呂と、胃袋に優しい朝ごはん。旅館の朝ごはんっていくらでも食べれるから不思議……。
1300年の宿に流れていたのは、静けさと、あたたかさと、ゆるやかな「時」。母と、家族と一緒にそのひとときを共有できたことが、何よりの贅沢でした。ちょっとだけ背筋が伸びる、でも心からくつろげる、そんな旅館「法師」。
いつかまた、訪れようと思います。
今週のアイテム
リネンシャツ
さて、現実に戻れば、洗濯物が山盛り。それから「梅雨はどこへ?」というくらい、もはや盛夏と呼ぶにふさわしい日々が続いています。実際、今回の旅の間も暑かった……。
旅の間は“非日常の魔法”で包まれていたけれど、“我が街“に戻ればその魔法もゆっくり溶けていく……。そんな時ふと、旅行鞄から出てきた今回のスタイリングを見て思いました。
「次はもう一枚、旅にリネンのシャツを連れて行こうかな」と。
涼しく楽であって、いろいろ合わせやすくて、格式ある場所でも様になる一枚。そんな条件にピッタリ合うのが、この「HAVERSACK(ハバーサック)」のリネン×和紙素材のプルオーバーシャツです。
大きなフラップポケットにゆるやかな身幅、ウエストにはスピンドル(ひも)付き。どこかヴィンテージのサファリジャケットを思わせるデザインなのに、着ると妙に“こなれて見える”のがこのシャツの魔法。
素材はリネン76%、和紙24%という、ちょっと珍しい組み合わせ。でもこれが想像以上に軽くて、風を含むたびにふわっと身体がほどけるような心地よさ。
汗ばむ日でも肌に張り付かず、肩の力がふっと抜ける感覚。リネン特有のドライな質感に、和紙ならではのシャリ感が加わって、肌離れもいい。
「年齢を重ねると、Tシャツ一枚では物足りないし、でも重ね着すると暑いし……」そんな時にこの一枚がちょうどいいバランスなんです。
プルオーバーだから頭からすぽっとかぶるだけでサマになるし、ウエストのスピンドルを絞れば、シルエットにメリハリが出てキリッとした印象にも。逆に絞らずに着ると、風に身を任せるような、ゆったりとした空気感に包まれる。
「どちらに転んでも絵になる服」って、実はそう多くはない気がします。
袖は五分丈。これがまた絶妙。
肘が隠れるか隠れないかのこの丈が、安心感と軽やかさを両立させてくれて、腕まわりの露出が気になる方にもおすすめです。
ブラックには、ホワイトのワイドパンツで凛とすっきりとした印象に。
もう一色のベージュ。
合わせるボトムス次第で、印象もがらりと変化します。ウエストを絞ってテンションを出すなら、ハリのあるワイドパンツと合わせて大人のサファリスタイルに。絞らずナチュラルに着るなら、リネンのワイドパンツやロングスカートで“風にまかせた”リソーと風に仕上げても素敵です。
足元には、旅の相棒として選んだ「BRADOR(ブラドール)」のグルカサンダル。
編み込みの革が足にどんどん馴染んで、歩くたびに履き心地がよくなる一足。見た目も涼しげで、パンツにもスカートにも合わせやすい万能選手です。
旅の終わり、帰りの車の中で「次は山中温泉、行きたいな〜」、そんな会話がちらりと出てきました。
「またスケジュール立てなきゃな」
そう思いつつ、心のどこかではもう、「次は何を着て行こうかな」と、快適な一枚を思い浮かべている自分かいます。
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