勝山・永平寺編vol.3 1300年以上の歴史を持つ、杉並木と一面に広がる苔が美しい「平泉寺白山神社」

地元のおしゃれさんが 案内する 小さな旅
2023.11.18

万葉集にも歌われた「三方五湖」に国の天然記念物「東尋坊」、有名な景勝地が数多くある福井県。2023年7月にリニューアルした世界有数の規模を誇る「福井恐竜博物館」も大人気です。
今回案内してくれるのはセレクトショップとカフェ「nimbus(ニンバス)」を営む笠川さん。お店のある勝山市とそのお隣の永平寺エリアのとっておきのスポットをご紹介いただきます。

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「福井県立恐竜博物館」への曲がり角を過ぎて5分ほど車を走らせると、左手に勝山城博物館が見えてきます。勝山城博物館を通り過ぎて、杉林が見えてきたら、それが平泉寺白山神社への入り口。


杉木立に足を踏み入れると、日本の道百選に選ばれた旧参道が始まります。ふっと空気が変わるような、身が軽くなるような不思議な感覚。ここから先は神様の領域、と思わせるような神秘的な雰囲気です。

平泉寺に上がるまでにいくつかの結界があり、結界を抜けるごとに、身が清められていくとされています。



石畳道の旧参道は約1000年前から整備されたと言われています。平泉寺の結界のひとつ、牛岩と馬岩。もっとも願いがかなうとされる丑の刻、お参りに来た人の前にそれぞれの石が牛、馬となって立ちはだかり、これを恐れずに進むことができれば願いが成就するとされていました。

ここで平泉寺の歴史を少し説明させてください。
まず、白山神社の「白山」とは、福井、石川、岐阜にまたがる山。富士山、立山に並んで日本三霊山のひとつとして数えられ、人々の守り神のような存在として、古くから信仰の対象になっていました。平泉寺はその白山信仰の越前側の拠点として泰澄大師によって8世紀はじめ頃に開かれたと言い伝えられています。最盛期を誇った中世には8,000人を数える僧が居住していたとされ、国内最大規模の宗教都市だったそう。『平家物語』では木曾義仲の「火打合戦」に登場し、『義経記』にも源義経が「有名な平泉寺に行きたい」と立ち寄った話が書かれています。しかし16世紀後半に、一向一揆勢に攻められ全山焼失。その後江戸時代に再興されましたが、明治の神仏分離令によって、寺院に関係する建物は解体されて、神社として生きていくことになりました。平成に入ってからは、発掘調査が始まり、かつての僧たちの住居、坊院での暮らしが浮かび上がってきています。高い生活文化を備えた様子は、発掘された遺物とともに「白山平泉寺歴史探遊館 まほろば」で知ることができるので、散策の前にぜひお立ち寄りください。



ここからは見どころをご案内させていただきます。
まず、境内へと続く石段の手前にある小さな祠。こちらは結神社といい、二つの隕石が祀られています。二つ離れることなく天から降ってきたということで、縁結びの神様として親しまれています。


もう少し先に進むと、平泉寺白山神社の社務所があります。その奥にあるのが旧玄成院庭園(入場料50円)。作庭家としても有名な室町幕府管領・細川高国の作庭と伝わっており、国指定名勝庭園として認定されています。現存する庭園の中では北陸で一番古いそうです。

様式は枯山水。正面の小高い所にひときわ高く本尊石を配し、これを中心に渦巻状に石を配置しています。下方には滝を模した石組があるなど、自然石をたくみに取り入れ、水墨画を思わせる光景です。

 

さらに参道を進むとあるのが御手洗池。かつては平清水(ひらしみず)と呼ばれ、平泉寺の名前の由来となった場所です。

泰澄大師がこの池を拝んでいたところ、池の中の影向石(ようごういわ)に女神が現れ、大師に白山山頂へ登るように告げたそう。その言葉を受けて泰澄大師は白山を登拝し、開山。その後、ここに建てられた建物が平泉寺のはじまりともいわれています。



ようやく参道の先にある二の鳥居につきました。この鳥居には三角形の破風が乗っています。これは権現造の鳥居と呼ばれ、神仏習合に由来しているといわれています。鳥居を抜けてすぐにあるのが、「神と仏の交差点」。「神の道」と呼ばれる、今まで歩いてきた縦の参道と「仏の道」と呼ばれる横の参道が交わる地点のため、この名前がついたそうです。

 

日本有数の苔宮としても有名な平泉寺白山神社。苔は、梅雨時期の6〜7月ごろや、雨上がりの朝が最も美しいと言われています。参拝した日は、雨の合間に晴れた朝。境内一面をおおう瑞々しい苔が迎えてくれました。
100種以上生息していると言われている平泉寺の苔。場所によって種の違う群落が見られるので、ちょっと立ち止まって観察してみてください。すぐに目につくのはヒノキゴケ。「イタチノシッポ」とも呼ばれるふさふさの可愛い苔で、平泉寺では1番勢力が大きそうです。


苔の庭を進み、正面に見えるのは拝殿です。現在のものは江戸時代に再建されたものですが、1574年(天正2年)の一向一揆で全焼する前の拝殿は、三十三間拝殿と呼ばれ、京都の三十三間堂に匹敵する大きな建物でした。左右に点在する礎石から当時の大きさを感じることができます。拝殿の中には十数面の絵馬があり、福井藩主松平家からの奉納品も多数。ほとんどが勝山市の文化財に指定されています。毎年元旦に開けられ、中の様子を見ることができます。

拝殿の裏に回って階段を上がると、本社が見えてきます。

この本社は当時の福井藩主、松平重富が寄進したもので、扉上や破風には葵の御門紋がついています。見どころは精巧な彫り物。正面には、のぼり龍とくだり龍が、横には雁、裏には鶴の彫刻が施されています。外観は簡素な総檜の白木造ですが、内部はきらびやかな装飾がほどこされているそう。本社のご開帳は33年に一度で、次は2年後の2025年。待ち遠しいですね。


と、ここまでが主要な見所となります。

この奥には、安産の神様として知られている三宮や、発掘調査で平泉寺が栄華を誇った中世に作られた石畳道と石垣が発見され、当時の生活様式が垣間見られる南谷(日本遺産に指定)などの見所があります。どれも見応えのあるスポットですが、特に若宮八幡社の大杉は、一向一揆で焼失を免れた大杉のなかの一本。四方八方に伸びる枝がまるで千手観音のようです。迫力のある樹形なので、お時間が許す方は、ぜひ足を伸ばしてみてください。

 

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平泉寺白山神社

〒911-0822 福井県勝山市平泉寺町平泉寺66-2-12
TEL:0779-87-6001(白山平泉寺歴史探遊館 まほろば)
https://www.city.katsuyama.fukui.jp/heisenji/

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