一棟貸しの古民家で、暮らすように過ごす旅~「只今加藤家」宿泊レポート~
「理想の暮らしをここから発信」 松場登美さんの言葉
「歴史的建造物保存地区」に本社があるとはいえ、古民家再生には莫大な費用がかかります。石見銀山生活文化研究所では、これまで10軒の古民家を買い取り、手を入れて「群言堂石見銀山本店」や宿泊施設「他郷阿部家」、社員寮などに再生してきました。代表の松場登美さんはこう語ります。
「社員食堂にしている『鄙舎(ひなや)』は、築260年の茅葺き屋根の家です。2017年に行った屋根のふき替えには2000万円以上の費用がかかりました。1日3組のお客様を迎える『他郷阿部家』の改装は、17年かけても未完成です。そこに投じたお金は、本当に分不相応ですが、物を残さなければ技術も残らないし、人も育ちません。
繊維業界では、総合衣料の97%は海外生産と言われています。利益を上げることだけを考えれば、商社から反物を買って、流行のデザインを真似て、縫製は海外の工場に、とすればすぐにできてしまう。けれど果たして、それで世の中よくなるんでしょうか? 経済優先で、お金だけで物を動かして、技術やノウハウを切り捨てて、日本に何が残るのでしょうか?」
経済が回らなくなったとき、生きていけない国になってしまう──そんな危機感から、服作りにおいても新潟県のマンガン絣や広島県の備後絣など、各地の技術を生かしたもの作りを続けている「群言堂」。登美さんは、自分たちの仕事をアパレル業でも雑貨業でもないと言います。
「ある大学の先生が、石見銀山生活文化研究所のことをライフスタイル産業と名付けてくださいました。私たちは、単純に洋服を作ったり、宿を運営しているわけはなく、理想の暮らしをここ、大森町から発信していきたいのです」
白米が炊けるときの”こげた“香り、体を包み込む和布団の重み、早起きして待った朝日の温かさ。今回「只今加藤家」で体験したことは、私たちの“暮らしの原点”ともいえることでした。けれどその“原点”が、ここではやけに鮮やかなのです。それを登美さんは”場の力”と言いました。
「以前、『他郷阿部家』にお泊りになった男性のお客様が、階段の梁に頭をぶつけたときに、咄嗟に『ごめん、ごめん』と建物に謝ってしまったそうです。自分は古民家に興味なんてなくて、いつもなら『なんて邪魔な梁なんだ!』って怒るタチなのに、妻に連れられてひと晩、ここに泊まったらすっかり思考が変わってしまって、自分でも驚きました、と笑っていらっしゃいました。ここではそんな話がいっぱいあるんです。
人間は記憶や思い出に気持ちを馳せる生き物だから、古い建物の”時間の蓄積”に身を置いたときに、安心感が生まれるんですね」
ただ新しくて便利なものを揃えるだけでなく、本当に自分が好きなもの、信頼するものに囲まれて暮らすこと。家族や友人と食卓を囲む時間を大切にすること。季節の花や、星の輝きに気づくこと。「只今加藤家」から、日々の暮らしを見つめ直すきっかけをたくさんもらって帰路に着きました。
photo:岡田久仁子
☎0854-89-0022(他郷阿部家・只今加藤家、予約共通)
チェックイン:15:00-17:00
チェックアウト:11:00
*食事なし
*1棟貸し50,000円+お布団代など、お一人2,000円×人数分(宿泊日数により割引あり)
*詳しい宿泊料金、プランは「只今加藤家」HPへ
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