糸島編vol.1 〜森のなかで焼きたてのコーヒー豆と寛ぎを手に入れる「森とコーヒー。」〜
photo&text:小坂章子(ライター)
『福岡喫茶散歩』(2007年)という本づくりを通して、コーヒーを生業とする店主たちとの交流が生まれました。それまで、コーヒー=煮詰まって変な味がする黒い液体(失礼!)と思い込んでいたのですが、お恥ずかしい。まったくの勘違いでした。コーヒーは、赤く完熟したチェリーの種子。つまり、果実であり農産物。この生豆を火で煎ったものが、私たちがよく見かける茶色いコーヒー豆です。ここ数年、世界的にコーヒーの需要が増え、それに伴い、多種多様なコーヒーショップが生まれています。今回は、森に抱かれた糸島の地で焙煎室を構え、鮮度抜群の豆を届ける「森とコーヒー。」を訪ねました。
JR筑肥線・筑前前原駅で下車し、車で数分。民家もまばらな林道を進んだら、「Snow Peak(スノー ピーク)」のトレーラーハウス(隈研吾氏デザインの「MOBILE HOUSE住箱」)が左手に見えてきます。おお、これが噂の移動式店舗。車輪つきで、全国津々浦々に行けるとは、夢がある。営むのは、焙煎士の山田圭太さんと沙織さん夫妻です。
焙煎機は、フジローヤル半熱風5キロ釜と同社小型焙煎機ディスカバリーの2台。秘密基地のような一画で、焼きたての豆を販売しているのです。ミニマムで格好いい。けれど話題性やスタイルありきでこうしたわけではないと、おふたりは口を揃えます。じゃあ、なぜ? 山田さんと沙織さんが辿ってきた道のりに、その答えはありました。
山田夫妻は、なんと北海道・札幌生まれ。そして山田さんの前職は、市役所の職員。沙織さんは食品分析を行う研究職というから思い切った転身です。ただし、前職は両者ともにミスが許されない責任の重い仕事。休みのたびにキャンプに出かけて、何とか気持ちをリセットしていたといいます。圭太さんがコーヒーの魅力を知ったのは、幼い頃からハンドドリップでコーヒーを飲む習慣があった沙織さんとつきあうようになってから。「妻に淹れてもらったコーヒーを飲んで、ああ、コーヒーって美味しいんだなと、初めて思えたんです」
以来、いろんなカフェに出かける傍ら、山田さんは台所で手網焙煎に勤しむように。前職に特別不満はなかったものの、「自分がやったことがどう役立ち、誰にどんな形で届いているのか、実感が持てなかったんです」。その点、味覚の世界はシンプルに反応が返ってくるし、コーヒーは日々を豊かにしてくれる。夫婦で将来について語り合ううちに、コーヒーで生きるという夢がぐんぐんふくらんでいきました。「計画性があって、物事を掘り下げるのが得意な主人は、焙煎に向いているんじゃないかと思いましたし、ふたりで店をやれば、日々の暮らしと仕事との両立もできるんじゃないかと思って」と、沙織さんが微笑みます。
2017年3月。以前から、いい場所だなと思っていた糸島に移住し、夫婦ともにカフェで働き始めました。けれど、現実は甘くない。朝から晩まで働きづめで、このままでは暮らしも荒み、疲弊してしまうと考えるように。「だから、思いきってシフトチェンジしたんです。カフェを開くのではなく、コーヒー豆を販売するという当初からやりたかった方向に」
幸い、賃貸で住んでいる自宅の隣は、空き地。勇気を出して真正面から手を伸ばした結果、好きなことを仕事にして暮らすという生き方にいきついたのです。そんなふたりの体験は、「森とコーヒー。」のコンセプトにも生かされています。「『自分に帰ろう。森へ行こう。』とうたっているように、私たちの作るコーヒーを飲むひとときを通じて自分自身を取り戻し、日々の疲れを癒してもらえたらと思っています」
「コーヒーの鮮度や安全性はもちろんですが、この緑豊かなロケーションの中で味わった一杯の体験や記憶をお客さまにお届けしたいし、共有したい。うちのコーヒーが皆さんにとっての「森」や「杜」になればいいですよね」
さて、どの豆を買おうかな。試飲をさせていただきました。常時、浅煎りから深煎りまで4種を準備しているそうですが、まず山田さんいちおしのオリジナルブレンドから。フレッシュな果実味にあふれた浅煎りは、飲みやすいのに厚みがあり、後味はすっきり。深煎り派の私でも、こちらの浅煎りブレンドは、あっという間に飲み干してしまいました。次にいただいた深煎りのイルガチェフェは、チョコレートをかじった時のような風味が生きていて、作りたい味のイメージが明確にあるのが伝わってきます。焙煎はまったくの独学だそうですが、体験を積み上げていく実直さとセンスの賜でしょう。
このほか、シングル以外のブレンドを含めた全メニューのオーダー焙煎も随時受け付けているとか。これからもっと数を焼いて腕をあげていきたいと語る横顔を、頼もしく見つめる沙織さん。「互いに持ちえない部分を補いあえる」素敵なご夫婦です。
ネットや流通が発達し、生きる場所や術を自由に選べるようになった近年。
「暮らしと仕事の在り方について、自分たちのストーリーも何かのヒントになれば、喜ばしいですね」と微笑むおふたりに、ぜひ会いにきてください。
MAP:Ⓐ
福岡県糸島市本1357-10
TEL:050-7108-0308
営業時間/12:00〜20:00 月〜水曜日定休
豆100g600円〜、ドリップバッグ5個600円
※豆や商品をお買い上げの方のみ、試飲を提供。
ウェブショップ:https://moritocoffe.thebase.in/
インスタグラム:@moritocoffee
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