台所のそばにある小さな相棒、リネントーションの物語

今日のひとしな
2025.12.09

〜「tömpa(東巴 / とんぱ)」より vol.9〜


フランスで「トーション(torchon)」とは、もともと台所で使う布のこと。食器を拭いたり、パン生地を覆ったり、鍋の取っ手をつかんだりと、料理のそばでいつも使われてきた布です。日本語にすると“キッチンクロス”が一番近いのですが、実際にはもう少し広い意味があり、暮らしの中の“万能布”といった存在。古くなれば掃除用の布にしたり、ワインボトルを包んだり、最後の一片まで大切に使い切る。そんな日常の風景がヨーロッパにはあります。


トーションは、時代や地域によって素材や織りの表情もさまざまです。私が現地で手に取り選んできたものは、厚手で大判のリネン生地。19世紀末から20世紀初頭につくられたトーションには、上質なリネンが多く、花や果実などの模様が織り込まれた美しいものも見られます。織り機の音や糸を紡ぐ人々の手のぬくもりが、いまもその布に息づいているようです。


生地に施されたモノグラム刺繍は、もともと嫁入り道具として、女性が自分のイニシャルや結婚後の姓の頭文字を赤い糸でクロスステッチしたもの。家族の印であり、暮らしの証として大切に受け継がれてきました。今回のトーションは、後の時代に特別に仕立てられたもので、落ち着いた色合いの刺繍が織り模様と静かに調和しています。針目一つひとつに丁寧な手仕事の跡があり、布というよりは小さな歴史の断片のようにも感じられます。


使い込むほどにやわらかく、手に吸いつくような質感に育つリネン。私はこのトーションをキッチンクロスや洗面台のハンドタオルとしてお店でも使っていますが、かごバッグの目隠し布や、首に巻いてスカーフのように使うのもおすすめです。季節の花を包んだり、テーブルに一枚敷くだけでも、日常の空気が少しやわらかく変わります。リネンは、夏はさらりと、冬はしっとりと。季節を問わず心地よく寄り添ってくれる素材です。


もともとは台所仕事の相棒として生まれた実用品。けれど、時を経たアンティークトーションには、実用品を超えた美しさがあります。布に触れるたび、遠い国の誰かの暮らしと自分の時間が、静かにひとつに重なるような感覚があります。


暮らしの中で出番の多い布こそ、少し心を動かすものを選びたい。毎日の小さな所作を、静かに美しくしてくれる存在です。

 

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tömpa(東巴 / とんぱ)

静岡県湖西市新居町新居2731
TEL:053-594-8633
営業時間:11:00〜17:00
定休日:日・月
(※展示会期間中は日・月も営業 / 最新情報はSNSを確認)
Instagram:@tompa_japan
(※営業日や展示会・料理教室などWSについては随時Instagramでお知らせ)

Online Store:
https://www.83com.com/
https://tompa-antiques.stores.jp/
https://www.rakuten.co.jp/tompa/

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