焼き菓子店「dans la nature(ダン・ラ・ナチュール)」千葉奈津絵さん(前編)
~暮らしのシーンになじむ心安らぐお菓子たち~
雑貨からおいしいものまで、衣食住にまつわるさまざまな“つくる人”を訪ねるマンスリー連載、今回は自宅に焼き菓子の工房兼ショップを構える千葉奈津絵さんにお話を伺いました。自分が目指すお菓子の役割について、どんなふうに考えていらっしゃるのでしょう。
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Photo:有賀 傑 text:田中のり子
お菓子好きの女性なら、その名をどこかできっと耳にしたことがあるはず。フランス語で「辺鄙なところ」という意味を持つ「ダン・ラ・ナチュール」は、東京・調布市にて千葉奈津絵さんがひとりで営む焼き菓子店。月に数回の工房販売のほか、各地の店舗やイベントで焼き菓子を販売したり、ワークショップを開催したり。そのお菓子を口にしたことがある人は「また『ダン・ラ・ナチュール』のお菓子を食べたい!」と、リピーターになることがとっても多いのです。
左上の「ヘーゼルナッツショートブレッド」は、プラリネノワゼット(ヘーゼルナッツのペースト)がたっぷり入った、ひと口でずっしり濃厚なショートブレッド。キャラメルの風味が香ばしく、コーヒーに一粒添える、角砂糖のイメージで成形されたもの。その下の丸いクッキーは「ココナッツサブレ」。ほどよい厚みでサクサク軽く、ココナッツの風味を生かすため焼き色はあえて浅めに。右下は「フロランタン」。ベースの生地にバニラと塩を効かせ、ただ甘いだけでなくキリッした味わいに仕上がっている、千葉さんお気に入りのレシピだそう。左下は「カシューナッツのメレンゲ」。ナッツの風味がしっかり効いて、それまで「メレンゲ菓子は苦手だった」という人も、なぜかやみつきになることが多いという人気の一品。ロゴイラストは、千葉さんと長年親交のあるイラストレーター・福田利之さんが手掛けています。
取材に訪れた日は、工房販売を翌日に控えた仕込みの日。お話を伺いながらも、千葉さんの手は休みなく動き続けています。工房にあるオーブンは、パンやお菓子を焼く女性に愛用者が多いことで知られる「リンナイ」のガスオーブンが一台だけ。「ダン・ラ・ナチュール」のお菓子はすべて、このオーブン一台で焼き上げられているのです。
オーブンをもう1台増やせば?と言われることも多いのですが、焼いたお菓子を販売用にラッピングをするのも私自身なので、増やすのが難しいんです(笑)。なかなか人に任せられない性格で」
任せられないのにも理由があります。お菓子をオーブンで焼くと、どんなに気をかけても焼きムラは生じてしまうもの。その焼き色の見え方の加減なども、お菓子の揃え方、包み方で調整していくのです。パウンドケーキの断面が美しく見えるように、クッキーの重なりが自然に見えるように。そのちょっとの配慮が「素朴な」「心がなごむ」と言われがちな(褒め言葉でもありますが)手づくり焼き菓子に凛とした力強さを添えているのです。
「さらに、焼き上がったお菓子たちが『ショーケースに並ぶ感じ』というのをすごく意識しています。ひとつだけがおいしそうに見えるのではなく、それぞれのお菓子たちがお互いに引き立て合うような感じ。置く角度や距離感などちょっとしたことなんですが、そういうこともお客さまたちには伝わるのではないかな……と思っています」
「ダン・ラ・ナチュール」のお店を訪れたときの、「わ!」と心が弾む幸福感。それは、千葉さんのそんな小さな心配りの、積み重ねによって生まれているのです。
実家にあった料理本を手にしたことをきっかけに、子どもの頃からお菓子作りが大好きだという千葉さん。作ったものを家族や友人に食べてもらって「おいしい」と言われるのが何よりもうれしかったという少女時代。高校・短大時代には、カフェブームやパティシエブームが起こり、日本にも空前のお菓子ブームが到来。カフェでサーブされる素朴な焼き菓子も、洋菓子店に並ぶきらびやかな生菓子も。どちらも大好きで、さまざまなお店に足を運んでは食べ歩いていたりしたそう。
短大を卒業後、専門学校のベーカリーカフェコースに通い、都内のパン店に就職。一日の労働時間が16時間、夜中働いてそのまま夕方まで店に立つという昼夜逆転生活に、約2年で体調を崩し退職します。けれどその後も、お菓子への情熱は途絶えることなく、東京・学芸大学にあった紅茶専門店で働き始めます。
「そこのお店では『お菓子を美しく作ること』を徹底的に教わりました。ショートケーキの組み立てでも、『生クリームが0.1ミリ厚い!』なんて怒られ方をしたり。たぶん人が聞いたら『何を言っているの~? 理不尽!』という世界だと思うんですが(笑)そこまでの気迫で作っているものは、やはり美しいんですよね。たとえば焼きっぱなしのケーキでもカットした断面のエッジがきゅっと立っていると、たちまち魅力的な佇まいになるんです」
ただ空腹を埋めるだけでなく、心を潤わせ、満たしていく。お菓子という存在の役割を真面目に考えていけば「美しい」ということは非常に大切な要素。厳しいながらも強い美意識に触れた修業時代は、千葉さんに大きな影響を与えた様子です。そしてどんな大変だった経験も、千葉さんは飄々とした口調で、軽やかに話しているのが印象的でした。
“つくる人”を訪ねて~焼き菓子店「dans la nature(ダン・ラ・ナチュール)」千葉奈津絵さん(後編)に続きます
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Profile
千葉奈津絵
パン屋・紅茶専門店での製造勤務の後、2006年より「ダン・ラ・ナチュール」としての活動をスタート。2012年に自宅に併設した工房兼ショップで焼き菓子の販売をスタート。一昨年の出産を経て、2016年より焼き菓子販売を再開。著書に『ももの木 なしの木 りんごの木』(ミルブックス刊)、『dans la natuureの焼き菓子レッスン』(主婦と生活社刊)がある。
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