為末大さん、諦めていいって本当ですか? Vol.4
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「あるべき自分」をあまりにも高く設定しすぎると
「本当の自分」を許せなくなってしまう。
だから時にはハードルを下げてみてはどうだろう?
人が幸せに生きていくためには、
ときに「ハードルを下げる」ことが必要だと言います。
「ある学会の学長さんが話してくれた、
僕が大好きなお話があるんです。
その学長は饅頭が大好きだったのですが、
糖尿病だったので、奥さんに甘いものを制限され、
月に1回だけしか食べることができなかったそう。
そのおかげか彼は87歳の今でもお元気なのですよね。
でも、そんな自分を振り返ってこうおっしゃったんですよ。
『大好きな饅頭を毎日食べる日々と、
節制をしながらこんな年齢まで長生きしたのとでは、
果たしてどちらが幸せだっただろう?』って。
この話をきいたとき、人生で幸福感をいつ味わうか
という問題だなあと感じたんです。
ハードルが低い人は、
日々なんらかの小さな幸せを感じることができます。
でも、理想が高い人は、自分になかなか納得しない。
そんな人は確かに成長し
、高いところまで登っていけるかもしれないけれど、
いったいいつ幸せだと感じられるんだろうかと……。
僕はハードルを下げて、
饅頭をたくさん食べて幸せな方がいいなあ」と笑います。
そんな為末さんは、
現実をきちんと正視できる人でした。
私たちは、まだ見ぬ自分の姿を追い求め、
「まだもっと、いいことがあるはず」と、
「ここ」でないどこかへ行こうとするものです。
でもそれは、いたって不確かなもの。
わかってはいても、なかなかやめられないのは、
ふわふわと夢を見ていた方が、
どこか心地いいからなのでしょう。
「諦める」とは、そんな世界から”降り”て、
あれはできるけれど、これはできない、
と冷静に線引きをする作業です。
諦められないとしがみついているうちは、
何にしがみついているのかわからない……。
でも、エイっと諦めれば、宝石に見えたのが、
実は単なる石ころだったと気づく……。
「僕の役割は、『世の中を変える』ことではなくて、
『ものの見方を変える』ことだと思うんです」。
そう語る為末さんに、今まで高い理想を掲げて、
ぐっと我慢してきたお饅頭を
「みんなでおいしく食べちゃおうぜ!」と
誘ってもらった気がしました。
text:一田憲子 photo:中川正子
『暮らしのおへそVol.23』より
Profile
為末大
1978年広島生まれ。陸上スプリント種目の世界大会で、日本人として初のメダルを獲得。男子400メートルハードルの日本記録保持者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。2012年現役を引退。現在は、自身が経営する株式会社侍ほかでスポーツ、社会、教育などに関する活動を幅広く行っている。
肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。