「cimai」のパン(後編) ~ふたりだからこそやって来られた姉妹二人三脚のパンづくり~
cimai 大久保真紀子さん 三浦有紀子さん
かわいい姉妹が焼くおいしいパンのおはなし、後編です。
******************
photo:有賀 傑 text:田中のり子
「パンを作る上で、大切にしていることは何ですか?」。そんな問いかけをすると、ふたりから「楽しみながら、作ること」という同じ答えが返ってきました。
「仕事だからもちろん大変なことは日々起こるんですけれど、それでも、いつも生き生きと楽しく働ける方法を考えたいと思うんです」と有紀子さん。
修業時代は、一日の労働が十数時間。深夜0時から働き始め、家に戻るのが午後。生活を楽しめる体力も、気持ちの余裕も残っていませんでした。
「職人の世界では、自分の暮らしを削ってでも仕事に打ち込む人も多かったです。それはそれですごいことだけど、ずっと続けていくことは、自分たちには無理。仕事はパンを作ることだけど、『衣食住』すべてにまつわることを大切にしたい。そして可能なら、パンを買いにきてくれたお客さんとも、それを共有したいと思っているんです」
ちなみに「cimai」の2階にある空間「shure(シューレ)」では、同じく作り手の友人たちによる出張喫茶やワークショップ、ヨガや身体のホームケアなどのイベントを開催しています。この空間を持つことにしたのも、ふたりがパンだけでなく、暮らしまわりすべてを大切にしたいという思いが出発点でした。
ふたりに影響を受けた本についてもうかがってみました。これまた偶然同じ本で、パトリス・ジュリアン著『生活はアート』。平凡に思える日々の生活も、心掛け次第で創造活動=アートになるということを綴った、名エッセイです。
「仕事で疲れて家に帰ったとき、晩ごはんがコンビニで買ったお惣菜だとしても、大好きな器に盛って食べると、何倍も美味しく感じられる。そんな風に、生活の中で目にする雑貨、手にする道具などをちょっと工夫するだけで、暮らしが何倍も生き生きと輝いてくる。そういう生活哲学の、基礎的なことをこの本から学びました」
最後に、それぞれ思い入れのあるパンを教えていただきました。
真紀子さんは、「黒糖くるみパン」と「りんごのケーキ」。
「黒糖くるみパン」は、「cimai」スタッフ内では「キョンキョン」(=永遠のアイドル)と呼ばれるほどの人気パン。友人からいただいた、黒糖くるみ餅にインスピレーションを得て「このおいしさをパンで表現できないかしら?」と、試作を重ねて完成したもの。炊いたもち米が練り込まれていて、もちもちとした食感とくるみの香ばしさ、黒糖のボリュームのある甘みが印象的です。
「りんごのケーキ」は、りんごをたっぷり入れたスコーンを作ろうと思ったら、水分量を間違えてしまったため、試しにパウンド型に入れて焼いてみたのがはじまり。それが意外においしくて製品化した……言わば「失敗は成功のもと」を文字通り体現したケーキです。
一方、有紀子さんはフランス語で「石畳」を意味する「パヴェ」というパンと、「エム・ブラン」という山型パン。
「パヴェ」のヒントになっているのは、数年前初めてのパリ旅行で訪れた有名ブーランジェリー「デュ・パン・エ・デジデ」の「パン・デ・ザミ」というパン。「すごく大きなサイズで焼いてカットしていただくのですが、ああいう大きなパンを、イーストを使って焼いてみたい! という思いから。気温や湿度によっても生地の状態がすごく変わり、配合がシンプルなので自分の状態がすごく出る。私にとってはいちばん頭を使うパンです」。
そして「エム・ブラン」は、イースト担当の有紀子さんが、唯一酵母を使って焼くパン。レーズンや酒粕などさまざまな素材から酵母を起こし、それらの香りを楽しみつつ、粉のうま味と食感が味わえます。どちらもサンドイッチやトーストにして食べたい、飽きることなくしみじみおいしい食事パンです。
これだけ続けていても、「パンに飽きた」ということは一切ないと話すふたり。「あんなパンを作りたい、こんなパンを作りたいと、やりたい気持ちのほうが強くで、身体のほうが追いつかないのがはがゆい感じです(笑)」
「『cimai』のパンがあると、明日の朝起きるのが楽しみになるんです」
お客さまからそんな言葉をかけてもらうことが、何よりもうれしく感じるそうです。
「元気がなかった人が、パンを食べることで少し気持ちが上がったり、日常のある瞬間がちょっと特別なものになってくれたり。私たちのパンがそういうきっかけになれることが、いちばんうれしいことかもしれません」
肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。