イラストレーター、テキスタイルデザイナー・安原ちひろさん(後編) ~絵には、自分の「好き」のすべてがある
美しいハンカチやスカーフを生み出すイラストレーター、テキスタイルデザイナー・安原ちひろさんのおはなし、つづきです。
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photo:有賀 傑 text:田中のり子
安原さんがいつも持ち歩いているというノートを見せていただきました。そこにはラフスケッチや何げない言葉、仕事用のメモなどが、自由に綴られていて、まるでノート自体が、小さな作品集のよう。ページをめくっていくと「これはあのハンカチの下絵ですね?」と、はっきり分かるものもいくつか。色の組み合わせやモチーフ類の配置などがかなり明確に設計されてから製作が開始されていることがよく分かります。
「仕事をしていて、いちばんワクワクするのは、このノートの中で、着想を得たときかもしれません。『この絵、きっとよくなる』『早く描きたい!』というイメージがリアルに実感できたら、あとは完成を目指して、ひたすらエネルギーを注ぎ込んでいくだけという感じ」
安原さんが主に使う画材は、アクリルガッシュ絵の具。それを塗ってはやすりをかけ、塗ってはやすりをかけ……を繰り返します。すると下に塗った絵の具のかすれや、磨かれることで生まれる光沢などにより、独特のタッチが生まれます。日本のメーカーと外国製では、絵の具の樹脂の量が違うので、その差異を生かしたり、最近は日本画の顔料なども取り入れてみたり。この絶妙なタッチは、ハンカチやスカーフなどに製品化されるときにも可能な限り生かされていて、そこが独特の味わいにもつながっているのです。
安原さんが好きな本も見せていただきました。松田修著『花ごのみ』(現代教養文庫)は、古本屋で見つけたもの。『トーベ・ヤンソン短編集』(ちくま文庫)はアパレル勤務時代、ひとり暮らしをしているときに手にした本。イタリアの作家イエラ・マリの『赤い風船』は、学生時代のヨーロッパ旅行のとき、どこかの国で見つけたもの。本を読むのは、もっぱら絵を描いているとき。絵の具を乾かしている間にページをめくり、言葉や写真、イラストから伝わるインスピレーションを胸に刻み込みます。
そして創作のヒントになるものとして、もうひとつ見せてくれたのは、生地メーカーに勤めているときに集め、自分で作った生地サンプル帖。
「生地を見つめていると、『この布は、この色とこの色が縦横に組み合わさって、こんな色合いになっているんだ』ということが自然と目に入ります。直接参考にすることはありませんが、描いた絵を後から見直していると、『この色合わせは、あの布と同じだった』と、気づくことも多いのです」
そして何より、安原さんの代表作が「花や植物モチーフ」となったのは、ご両親の影響が大きいかもしれません。ファンの間では広く知られた話ですが、ご実家はお花屋さんで、子どもの頃から花があるのが当たり前の暮らしをずっとしてきたそうです。
「何も考えないで筆を持つと、知らない間に、花や植物を描いているんですね。絵の具も、黄色と緑色がなくなるのが、すごく早い(笑)。『この色とこの色は、しっくりくる』という色彩感覚も、長年花を見続けてきたことが影響していると思います」
ご両親の花屋仲間のおじさんなどから「ちひろちゃんも、やっぱり花に戻ってきたんだな」などと声を掛けられたりすると「なんで私、花を描いちゃうんだろう」と少しくやしいような気持ちがしつつも、自分にとって「しっくりくる」のはやはり、子どもの頃から身近な存在だった、花や植物。あるときストンと、腑に落ちるような感じがしたと言います。
安原さんは「しっくりくる」という言葉を何度か使いましたが、絵を描く人は、「しっくりくる」という生理感覚に忠実なものが描けると、どうやらそれが「いい絵」になっているようです。
「不思議なんですが、上手く描けてないときは、同じ絵の具を使っているのに、安っぽく見えちゃうんです。逆にストンと、収まるところに収まったような気持ちよさが生まれると我ながら『いい絵だな』と思えるんです」
絵を描く人として「いい作品」を生み出すためには、「幸せでなければいけない」とも最近、強く思うようになりました。
「私、落ち込んだりすると、それが絵に出てしまうんです。以前『暗黒時代』と呼べるような時期があったんですが、そのときの絵は友人からも『ちひろちゃん、どーしたの?』と心配されてしまうほどでした(笑)。以来、いい絵を描くためには、ちゃんと自分がいいコンディションでいなければ、と強く思ったんです」
ただしその「幸せ」というのは、安原さんにとっては、生活のほんの些細なディテールの中にこそ、見つかるもののよう。
「春が来たな~、というだけでも嬉しいし、おいしいものを食べたら幸せを感じる。すごく小さなこと、くだらないことで腹を立てたりもしますが、散歩をしたら忘れちゃう(笑)。そしてやっぱり私は、仕事が大好きなんですね。絵を描くことがこんなに好きで、それを仕事にさせていただけて、本当に幸せだなあと、いつも思っているんです」
そんな小さな幸せを紡いだ作品だからこそ、手にとって人をも幸せな気持ちにさせるのかもしれません。
Profile
安原ちひろ(やすはら・ちひろ)
多摩美術大学生産デザインテキスタイル科卒業。アパレル、生地企画などの仕事を経て、2012年よりフリーランスで絵を描き始める。自作の絵を布に転写したハンカチ、スカーフなど布製品も発表。http://chihiroyasuhara.com/
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