ジュエリー作家、アーティスト・鈴木仁子さん 白磁のアクセサリー(後編) ~「はかなさ」を愛おしく形にとどめる
まるでお菓子のような、レースのような。一目見て「かわいい!」と言わずにはいられない白磁のアクセサリー。こちらをつくる鈴木仁子さんのおはなし、つづきです。
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photo:有賀 傑 text:田中のり子
美大に通っているときから白が好きで、ずっと白磁を扱ってきたという鈴木さん。そしてなぜか当時から小さな作品ばかり。「もっと色を使ってみたら?」「大きな作品を作ればいいのに」。そんな外野の声を気にすることなく、自分が作りたいものを手掛ける日々だったとか。今、仕事で生かしているさまざまな技術は、そんな日々の「かたちになりきらないような数々の遊び」で試していたことが、役立っている様子です。
白は結婚式をはじめ、さまざまな儀式に使われる色。緊張感がありつつも、何かの始まりを表す色であり、清潔感・純粋さを示す色でもあります。白の持つそんな象徴性に、いやおうなく惹かれてきたそう。「白を取り入れたときの、どこか身が引き締まり、凛とする感じ。それが自分には、とてもしっくりときました」
一般的に陶磁器は、色をつけると同時に、強度を上げ、水の浸透を防ぐために釉薬(ゆうやく)というガラス質の薬品を表面にかけます。けれども鈴木さんは当時から、磁土を焼いたそのままの、マットな質感にこだわりました。
「土にマニキュアを塗ったみたいな、つるんとした膜におおわれていると、何だか呼吸ができてない感じがして、私には不自然に感じられたんです」
今は、強度や使い勝手の意味から、たとえばブローチの裏面(服にふれる面)には、釉薬をかけることもあります。けれどそれ以外はずっと、このマットな質感に、こだわりつづけてきたそうです。
「ものを作る人になりたい」と思いつつ、自分が追求するべきテーマが見つからない日々を過ごしていた20代の頃。「ものをつくることから離れたらダメだ」という友人のアドバイスから、昼間は仕事をして、そのあと共同で借りているアトリエに足を運び、制作をするという日々がつづきました。
繊維を調査する会社で働きながら、布をほぐす作業をしていたときのこと。布は縦糸と横糸が幾重にも折り重なってでき上がっています。それをどんどんほぐしていき、最後の1本を引き抜くと、パラパラと分解され、糸になります。そのギリギリのポイントを見たとき、なぜかそれがとても美しいものに感じられ「私のやりたいことは、これだ」という強い確信が生まれたそうです。
「この自分の感じたものを、『誰かに見てもらいたい』と思い、糸を限界まで抜いた布を作品に。コンペに応募したら、審査員賞をいただきました。自分が作家としてスタートしたのは、このときだったと思っています」
繊細ではかなげに感じられるものの際(きわ)にある、美しさや力強さ。自身の作品への一貫したコンセプトが生まれた瞬間でした。
その後も、焼き物でオブジェのような作品を手掛けていた鈴木さん。こちらは古いレースに磁土を染み込ませて、レースごと窯に入れて焼いた作品。焼くとレースは燃えてなくなってしまいますが、染み込んだ土がレースの形に残ります。ドイツに伝わる「レースドール」の技法を生かしたものです。
この作品を見たお客さまから、「これをアクセサリーにできないかしら?」と声をかけられたのがアクセサリーをつくるきっかけでした。強度の問題で身につけることができなかったので「じゃあ、土でレース模様を描いたらどうなるだろう?」と思い、たどり着いたのが冒頭の「ドローイングレース」のシリーズでした。
鈴木さんが「ものづくりで影響を受けたもの」について尋ねると、とても意外なものを取り出してくれました。点字を書くための点字器と、点訳のしおりです。
「子どもの頃からずっと、点字が好きで。凹凸だけで、色がなくて、その陰影の様子が、きれいだなあ……と、ずっと思っていました」
駅の切符売り場や、公共施設の案内図などなど。子どもの頃から幾度となく目にしてきた点字。自分は触れても読むことができない、でもそこに何かしらの意味があり、メッセージがのせられている。その小さな凹凸に、美しいもの、ロマンティックなものを感じ、学生時代には点字をテーマにした作品を作ったこともあったそう。その感性のしなやかは、何気ない日常にも宝物を見出せる、才能のひとつなのかもしれません。
鈴木さんが、何度となくくり返し見ている映画は『エル・ブリの秘密』。14年間三ツ星の座を守りながら、料理界の最前線を走り続けた伝説のレストランを追ったドキュメンタリーです。「緻密な作業と分析を繰り返しすうちに余計なものをそぎ落とし、その中から本当に必要なものだけを取り出す。私のやっていることは、まったく分野も規模が違いますが、この映画を観ていると、頭の中が整理されて、がんばろう!という気になるんです」
アトリエの作業台の壁には「デザイン」「コンセプト」「フィニッシュ」という3つの言葉が書かれたメモが貼られていました。ものづくりの核となる「コンセプト」。そのコンセプトを体現する魅力的な「デザイン」。そしてものとしての完成度、クオリティの高さを意味する「フィニッシュ」。鈴木さんが大切にしているのは、この3つが気持ちいい三角形になっているものづくり。言葉をていねいに選びながら、ゆったりと話す鈴木さんですが、ものづくりについて質問すると、時には抽象的な言葉も登場しながら、ドキリとするような深く練られた考えや思いを話してくれます。
「普段の暮らしでは『好きだから何となく……』ということが多いんですけれど、ものづくりに関しては、ギャラリーに勤めている夫の影響か、できるだけ『言葉に落とし込んで整理をする』ということを意識しているかもしれません。一度言葉にすることで、自分の意識も変わって、またものづくりに反映されていくような気がして」
小さくて可憐で、とても繊細に見える作品。そこには、しなやかでありながら、しっかりと芯の通った、鈴木さんのものづくりへの思いが刻み込まれているようでした。
Profile
鈴木仁子
多摩美術大学美術学部工芸学科陶プログラム卒業。繊維製品の品質検査機関勤務を経て、2011年より白磁のアクセサリーを発表。個展・グループ展などを中心に、作品を発表している。
2016年6月25日(土)26日(日)に、東京・西荻窪の「ギャラリーみずのそら」で開催される「アーテセン3周年記念イベント“Un Doe Trois”」に参加する予定。
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