無駄のないおへそ ― 作家・小川 糸さん vol.1

暮らしのおへそ
2020.03.09

ベルリンで暮らしはじめて2年。
外国に行ってしまえば、
自分にとって本当に必要なものだけを手に
暮らせるような気がしたんです。


赤いワンピースは、大好きな「ミナ ペルホネン」のもの。本当に気に入ったものだけを少なく持ち、大切に長く使うのが小川さんのおしゃれ。

 

取材の日、小川さんは真っ赤なワンピース姿で現れました。前髪を眉毛の上でパツンと切ったショートカットが印象的で、きちんと自分のスタイルをもって日々を過ごしていることが、立ち姿から伝わってくるよう。

2年前から東京とベルリンの2拠点生活をしているそうです。まずは、どうしてベルリンに? というところからお話をうかがってみました。

「最初は航空会社の取材の仕事で、数日だけ行かせていただいたんです。そうしたら、生活している人たちがすごく生き生きしていて、楽しそうで。ベルリンの壁があった不自由な時代を知っているからこそ、自由に対して意識が高いのかもしれませんね。自分も好きなことをするし、相手の自由も尊重する。なんて素敵な街だろう! ここなら自分らしくラクに生きていけるかもしれないと、感じたんです」

もともと旅好きで、しかも「そこに滞在して、その土地の人たちと同じものを食べ、同じ時間のなかで暮らすことが好き」だったのだとか。ベルリンも、最初の数年間は夏の間だけ2~3か月を過ごしてみるようになりました。

「行き来するうちにわかってきたのは、そこで暮らす人が『無理をしない』ということでした。みんな自分のペースを大事にして、休むときはきちんと休んで、働くときはちゃんと働く。ヨーロッパではみんなそうですが、日曜日は完全にお休みで、しっかり体を休めて、また1週間働く。そういうバランスがいいなあと思って」

もう少しちゃんと根を張って暮らしてみたい、と家を借り、日本と行き来するようになりました。

「おへそ」づくりの基本は
いかに心地よく書くか


幼い頃から物語を書くことが大好きだったそうです。

「小学校のときに、毎日日記を書いて提出していたのですが、私だけ、非日常的なことを書いていたんです。それを先生がほめてくださって……。私は母親との折り合いが悪く、家庭での居心地があんまりよくなかったんですよね。でも、日記の世界では自由になれたんです」と教えてくれました。

大学卒業後は、マーケティング会社を経て、ライターとして仕事を始めたものの、雑誌がすぐに休刊に。そこから本格的に物語を書きはじめます。10年間ほど書き続けたものの、うまくいかず、「もうこれでダメだったら書くのをやめよう」と、好きな料理を題材にして執筆した小説が『食堂かたつむり』でした。出版すると、あっという間にベストセラーになり、念願だった小説家として歩みはじめることに。そして、このときから小川さんの本格的な「おへそ」づくりが始まりました。

「最初に考えたのが、いかに心地よく書き続けるか、ということ。朝早く起きて、規則正しい生活を送り、生活の延長のなかで書いて、リズムとしてうまく回っていくようにしたんです」

ベストセラーが出ると、次々に仕事のオファーが来て、オーバーワークになりがちなのに、小川さんはマイペース。

「書き続けることが、いちばん大事だと思っていました。ウサギとカメの競争だと、私はカメのスタイルが自分に合っているなと。無理してピョンピョン跳んでみたこともあったけれど、すぐに息切れしてしまって。結局はのろまなカメのほうが、能率がいいな、ということに気づいたんです」

小川さんのベルリンでのおへそ


森に行く
ベルリンでは、ちょっと足を延ばせば鬱蒼とした森が広がる。静けさと、生き物の気配、光、水の雫、土の香りを満喫。



旬を食べる
日本と違い、いちごは5月、ホワイトアスパラガスは6〜7月にしか食べられない。旬の味をそのとき味わうことがより大事に感じられるように。ホワイトアスパラガスはゆでたて熱々に生ハムを巻いて食べるのが好き。

→vol.2につづく

『暮らしのおへそ Vol.29』より
photo:興村憲彦 text:一田憲子

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Profile

小川 糸

Ito Ogawa

2008年『食堂かたつむり』で作家デビュー。以降多くの作品が、英語、フランス語、韓国語などに翻訳され、さまざまな国で出版されている。2017年には『ツバキ文具店』がNHKでテレビドラマ化。2年間ドイツ・ベルリンと日本の2拠点生活をし、今年帰国予定。
糸通信:http://ogawa-ito.com

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