コロナ時代を生き抜く人類の新しい基本  辻 仁成さん・寄稿エッセイ Vol.1

暮らしのおへそ
2021.01.13

※この記事は2020年8月30日に発売された『暮らしのおへそ Vol.30』に掲載されたものです。


緊急事態宣言期間中、作家の辻 仁成さんは毎晩ツイッターで日本に向けてメッセージを発信されていました。「おやすみ、日本。とんとんとん。」で終わるその短い文章に、不安を抱える多くの人が癒され、安心し、自分のベッドに入ったことと思います。17年前からパリに移住し、今はシングルファザーとして16歳の息子さんとふたり暮らし。ロックダウン中にパリで見たもの、感じたことを綴ったブログは、料理のことから、買い物の後の除菌方法、息子さんとの向き合い方、そして心の整え方まで多岐にわたりました。そんな辻さんに、この経験を経て、新たに発見した「おへそ」について綴っていただきました。



「コロナ時代を生き抜く人類の新しい基本」

フランスは5月11日にロックダウンが解除され、日常生活が徐々に戻りつつあります。ぼくは相変わらずシングルファザーで子どもファーストの日々を生きています。ロックダウンの前と後では世界がガラッと一変しました。表向きは変わっていないように見えますが、マスクなんて絶対しなかったフランス人がマスクをするようになり、公衆衛生も気をつけるようになっています。カフェ、レストランは再開されましたが、店によっては客入りが3割程度というところもまだまだ多く、コロナが残した傷跡は大きいです。ただ、感染者死者数は驚くべき程に激減し、数字の上からだけみると、収束しつつあるのがよくわかります。

ぼくの生活は相変わらずですが、ますます家飯(いえめし)が多くなっています。ぼくはもともと料理好きでしたから、ロックダウン中も苦を感じたことはありません。作家なのでテレワーク中心ですから仕事も家で今までどおりできています。子どもの学校は秋から再開なので、16歳の息子の世話がちょっと大変ですけど、シングルファザーも丸7年が過ぎ、板についてきました。小学生だった息子も高校生で再来年には大学進学、ここからは受験に向けて辻家は臨戦態勢という感じです。

育ち盛りなので栄養バランスのいい食事を心がけて毎日作っていますが、ぼくはもともと時短料理をしません。本当においしく、身体にいい料理というものは時短ではなかなか難しいと思っています。なので、じっくりと料理と向き合うことが多いです。それがぼくの生活の基本だと言えるでしょうし、コロナ禍を経験して、ますます時間をかけて作る料理へと向かうようになってきました。

たとえば煮込み料理ひとつとっても、玉ねぎを炒めるのに弱火で1時間ほどを費やすとおいしさが全然違ったりします。その1時間が勿体ないと思うとなかなか本当においしいものには出会えないものです。鶏は丸ごと買って、綺麗にさばいて骨から皮まで料理に使い切ります。無駄を出さないのもぼくの料理の基本です。2ヶ月に及ぶロックダウンの最中、料理に向かうことで精神を安定させることができました。こういう時期だからこそ、ていねいに作ったおいしい料理を食べるということが、大事だったからです。おかげで、この2ヶ月は苦痛ではありませんでした。


辻さんが「カーサ・ツジータス」と名づけた自宅は築120年。ロックダウン中に息子と部屋の模様替えを手がけたそう。革張りのベンチソファでは小説の構想を練る。本棚には欧州で出版された自身の著書を。

 


ロックダウンで観光客のいないパリの街。

 


自宅ではキッチンにいる時間が長い。銅鍋は収納ボックス代わりにも。ここで煮込みを作りながら椅子に座って詩集などを読む。

 


近所の友人の息子と娘、ニコラくんとマノンちゃんを預かったときのディナー。丸ごとのチキンをじゃがいもの上にのせて焼いたローストチキンをメイン料理に。ダイエット中で炭水化物をいっさい取らない自身の息子にも大好評の一品。

 


スイーツ作りも得意。メロンとバナナとブルーベリーのショートケーキ。

 

→Vol.2に続きます

『暮らしのおへそ Vol.30』より
photo:辻 仁成

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新刊『十年後の恋』(集英社刊)1月26日発売

「離婚して10年、そして、私はようやく恋をした」。
パリで暮らすシングルマザーのマリエ。
新型コロナウイルスに翻弄されるアンリとの運命の出会いの行方。
新しい世界の、永遠の恋を描いた、
辻仁成の最新長編小説。

Profile

辻 仁成

Hitonari Tsuji

東京都生まれ。作家。89年、『ピアニシモ』で、すばる文学賞を受賞。97年『海峡の光』で芥川賞、99年『白仏』の仏語翻訳版「Le Bouddha blanc」でフランスの代表的な文学賞の一つである「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野でも幅広く活動を続ける。現在は拠点をフランスに置き、日仏を行き来しながら創作に取り組んいる。著書多数。新刊に「十年後の恋」(集英社)がある。帝京大学・冲永総合研究所特任教授。Webマガジン「Design Stories」、デザイン&アートの新世代賞を主宰。

WebマガジンDesign Stories:https://www.designstoriesinc.com/

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