第5回 おじいちゃんのぶどう酒と、おばあちゃんの梅干し
一昨年の年末に、施設にいる新潟の祖母に会いに行った。久しぶりに会った祖母は、私のことはぼんやりとしか覚えていなくて、帰り道ちょっと泣きたくなった。母のお母さんの、90歳になる私のおばあちゃん。おばあちゃんの家には縁側がある。そこでおばあちゃんは、よく洗濯ものをたたんでいた。夏はいつも蚊に刺されてしまうけれど、私の家には縁側がないから、小さい頃からその場所が好きだった。
縁側を出ると、そこには庭と畑があって、畑では野菜を育てていた。畑でとれたてのなすで作る、おばあちゃんのなす漬けがとても美味しくて、おばあちゃんはよく「とれたてのなすで作るから美味しい。スーパーで買ったなすでは、こうはならない」と言っていた。その畑も、足を悪くしてからおばあちゃんはやめてしまって、今は更地になっている。
畑の奥にはみかんの木があって、それは今も元気。毎年美味しいみかんがなる。縁側のすぐそばに、水道がある。蛇口をひねるタイプの、公園にあるような水道。昔、そこにはいつも大きなカエルがいた。飼っているわけではないのに、いつもそこにいた。あのカエルは一体何だったのか。おばあちゃんの家の七不思議のひとつ。
おじいちゃんは、ずっと昔に亡くなってしまった。おじいちゃんは素敵な人だった。とても寡黙な人だったから、思い出すのは凛とした横顔がほとんど。おじいちゃんは、青梅エキスとぶどう酒を毎年作っていた。小さい頃、私はお腹が弱くて、夜中によくお腹をこわして起きてしまって、そのたびに青梅エキスをスプーンの先にほんの少しだけつけて舐めさせられた。今思い出しても、顎が痛くなるほど酸っぱい。でも、魔法のようにその青梅エキスは私のお腹に効いた。
ぶどう酒も、夕食の時にほんの少しだけよく飲ませてもらっていた。小さなグラスに氷をたくさん入れて、薄めて。なんだか特別な気分になって、うれしかったのを覚えている。
ガレージの屋根裏に物置部屋があって、そこにはおじいちゃんの物がたくさんあった。何をする訳でもないけれど、その屋根裏部屋が大好きで、ちょこちょこ覗きに行っていた。家とは違う匂いのするその屋根裏部屋は、見たことがない物があちこちに置いてあって、繰り返し観ていた映画『グーニーズ』みたいで、地図でも出てくるような気がしていつも楽しかった。とても素敵なおじいちゃんだった。
小学5年生の夏休みが終わる頃、おじいちゃんはガンで亡くなってしまった。まだ小さかったからか、おじいちゃんの命が危ないとは知らされていなくて、ただ入院していることだけ知っていた。
その日、私は小学校の花壇の水やり当番だった。好きな男の子と同じ当番で、とてもウキウキして帰ってきてテレビを見ていたら、仕事中のはずのお父さんが部屋にやってきて言った。
「おじいちゃん、死んじゃったよ」
突然すぎてビックリして、悲しみが溢れてきて、お父さんにしがみついてわんわん泣いた。しがみついたお父さんの割烹着が油くさくて、悲しくて悲しくて仕方ないのに、そんなことを思った。
おじいちゃんが大切にしていた盆栽は今も残っていて、形は整えてないけれど、おばあちゃんがきちんと育てていた。あの盆栽、今はどうしているのだろう。
おばあちゃんの作る梅干しが、この世でいちばん好きな梅干しなのだけれど、施設に入る何年か前からおばあちゃんは作るのを辞めてしまった。辞める前に作り方を教えてほしいとお願いしたけれど、「大変だから」と断られてしまった。自分でも毎年作っているけれど、なかなかおばあちゃんのようにはいかない。おばあちゃんが作るのを辞めてしまってからは、お母さんも作っている。おばあちゃんの使っていた道具を譲り受けて。
最初の年、お母さんは作った梅干しを食べて、「おばあちゃんの梅干しとは、香りが全然違うねぇ…」と嘆いていた。そう、おばあちゃんが作る梅干しは、香りがとてもいい。ひと粒口に入れた瞬間の香りが、お母さんのものと全然違った。でも、去年お母さんが作った梅干しを送ってもらったら、梅もふっくらしていて紫蘇の香りもよくて、とても美味しかった。さすが、おばあちゃんの娘。私もあの梅干しを引き継げるようになりたい。
人の手には、やっぱり何か特別なものがあるんだなと、大人になって思う。自分が作ると、味が全然違うことが多々ある。
おばあちゃんが最後に作った年の梅干しが、今でも数粒ひっそりと瓶に入れて冷蔵庫の中にある。もったいなくてどうしても食べられず、そのままもう何年も。
おじいちゃんの青梅エキスやぶどう酒、おばあちゃんの梅干しも、記憶とともにいつまでもずっと残しておけたらいいのになと、数年ぶりにおばあちゃんの梅干しをひと粒食べて思った。久しぶりのおばあちゃんの梅干しは、やっぱりとっても美味しかった。
Profile
夏井景子
Keiko Natsui
1983年新潟生まれ。板前の父、料理好きの母の影響で、幼い頃からお菓子作りに興味を持つ。製菓専門学校を卒業後、ベーカリー、カフェで働き、原宿にあった『Annon cook』でバターや卵を使わない料理とお菓子作りをこなす。2014年から東京・二子玉川の自宅で、季節の野菜を使った少人数制の家庭料理の料理教室を主宰。著書に『“メモみたいなレシピ”で作る家庭料理のレシピ帖』、『あえ麺100』『ホーローバットで作るバターを使わないお菓子』(ともに共著/すべて主婦と生活社)など。
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