【建築家とつくるvol.4】扉や壁がないバリアフリーの家
連載「大人の住まい替え」では、これからの暮らしを見つめ直した先輩方の住まいをご紹介します。今週お届けするテーマは「建築家とつくる住まい」。新鮮なアイデアと意図あるデザイン力に富んだ建築家がつくる住まいは、他にはない独自の仕掛けや工夫が多数。マンツーマンで作り上げるからこそできる、自由な発想でこだわり満載の家ばかりですよ。
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建築家・上原和さんの場合
今回ご紹介するのは、建築家の上原和さんが、ご両親と暮らすために建てた家です。上原さんが設計したこちらの家は、鉄筋コンクリート構造の地上3階建て、ホームエレベーター付き、そして扉や壁がひとつもないという珍しい特徴ばかり。この個性的な家ができるまでのストーリーをお届けします。
お母さまのために導入した、ホームエレベーター
「築40年くらい経った自宅を思い切って建て替えることになったとき、真っ先に考えたのは両親のことでした。育ててくれた両親のために、親孝行として居心地の良い空間を提供したいと思ったのです」と語るのは、上原和建築研究所代表の上原和さん。そこで、まずはご両親が求める理想の住まいについてヒアリングを行いました。
「ヒアリングしてみた結果、両親から“こういう家にして欲しい”といった要望は特にありませんでした。自宅周辺は3階建ての家がつくれる環境なので、せっかく建て替えるのなら、日当たりが良く、眺望が良い場所で生活をして欲しいという思いがありました。しかし、母親は体が不自由で、移動には車いすが必要なケースもあります。そうなると、階段を登り降りするのは大変ですから、ホームエレベーターが設置できる家にしようと考えたのです」
そうして築40年の木造建築であった上原邸は、コンクリートを打っ放しのモダンな住まいへと生まれ変わりました。その変貌ぶりについて、「父親は、設計している段階である程度は完成した状態をイメージできていたようなんですが、母親はさすがに驚いていたみたいです」と苦笑しながら上原さんは振り返ります。
壁や扉がひとつもない、開放的な空間
1階から3階までは吹き抜け構造になっています。各フロアが6つのエリアに区切られていますが、壁や扉はひとつもありません。その結果、驚くほど開放的な空間が広がっているのです。
「外から自然の光や風をどこまで取り込めるかという点を重視しました。室内を吹き抜けにして、上層階から光が差し込むことで、冬場は少しでも多くの日光を取り込めるようにしています。その反面、夏場は室内の熱気を3階にある天窓から排出できる構造となっていて、吹き抜けでありながら、煙突のような役割を果たしているのです」
空間を仕切る壁や扉がない家……、全く想像がつきませんね。それぞれのフロアは一体どのようなつくりになっているのでしょうか。
1階はむき出しの床梁がある設計事務所
1階は上原さんの設計事務所です。壁や扉が無いため、広々とした印象を受けます。床の梁がむき出しになっているので、それぞれのデスクからミーティングスペースを行き来する時は “またぐ”という動作が生まれます。その動作をすることで、空間を分けることができるのだそう。
玄関を開けると、ホームエレベーターが目の前にあります。このエレベーターは、鉄板の素地がむき出しになっています。家全体が“素材むき出し”なので、エレベーターもあえて塗装をしないで組み込まれました。
バスルームにも壁がない2階
2階にはバスルームやベッドルーム、オーディオや上原さんの趣味である釣り道具が置けるホビールームがあります。
バスルームにも扉や壁はありませんが、入浴時にカーテンを仕切って使い、プライバシーを確保します。
車いすも移動しやすい間取りの3階
暖かい日差しが一番入る、明るい3階はご両親の住まいとなっています。
「エレベーターから降りてすぐにあるのがベッドルームです。キッチン、ダイニング、そしてリビングルームまで、母親が車いすでも移動しやすいように心がけました」
設計の打ち合わせで施主の方が事務所を訪れる機会も多いとのこと。そうなると、必然的に上原さんの住まいがショールームのような役目を果たします。
「もともと、鉄筋コンクリート構造・打っ放しの住まいに興味がある施主様はもちろん、そうではない方でも2階、3階のフロアにご案内することがあります。例えば、施主様がどのレベルまで開放的な空間を望んでいらっしゃるのか? 実際に現物をご覧いただくことで初めて分かることもありますね」
「何となくいいね」と感じる空間の秘密は……
一見すると家全体はシンプルに見えますが、よく見ると適度な緊張感があることに気づきます。この凛とした清々しさは、上原さんの細部に至るまで計算しつくしたこだわりがあってこそ実現しているものなのです。
「私たちの表現方法のひとつに“シークエンス(連続)”というやりかたがあります。シンプルな構成のなかに、豊かな空間をつくりだすことを意識しました。その一方で、Pコン(プラスチックコーンの略。コンクリートの壁面にある丸い窪み)やコンセントのレイアウトなど、施主の方ですら気がつかない、あるいは気になさらないという場合でも、建築家は決して手を抜いてはならないと考えています。それによって、施主の方が、具体的には表現できないけれど“何となくいいね”と感じていただける空間が表現できたら、大成功だと思いますね」
扉や壁がなくてもそれぞれに心地よい空間を分け、車いすのお母様も暮らしやすいバリアフリーを叶えた住まいは、上原さんの新しい発想と数々の工夫によって完成されたのでした。
居住者構成: 両親+本人
敷地面積: 71.07㎡
延床面積:105.47㎡
建築事務所:上原和建築研究所
撮影:鳥村 鋼一
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