サラダに果物に 艸田正樹さんのガラスの器 

今日のひとしな
2020.05.25

~ 「岡の」より vol.25 ~

 
艸田正樹さんのガラスに出会ったのは、20年以上前の夏の野外イベント会場。クラフトやお菓子などのブースがたくさんで、とてもにぎにぎしい中、突然、目の前に艸田さんの器が飛び込んできたのです。
 

 
当時、私はまだ20代前半の頃で、作家さんの器を買うのは初めて。多様な手作り品が並ぶ中、ストイックなまでに透明でシンプルなラインだけの器は、そこだけが明らかにいい意味で浮いていました。
 
美しい、ガラスの器特有の緊張感がありながら、流れに逆らわないようなライン。真夏の光を浴びて涼しげな器たちはどれも選び難く、その中でようやく選んだひと品は今でも我が家の食卓に欠かせない器となりました。
 
 
この器を使い続けて20年以上が経ちますが、わが家定番の人参ラペに、果物の器に、ほうれん草のお浸しに、アボガドディップに……と何かと出番が多いです。

友人たちが集まる時には、さらに大きめな器を出します。艸田さんの器は食卓を華やかにしてくれます。そうなのです、華やかさ。艸田さんの器は決して派手ではないのですが、知性ある美しい女性のようなイメージ。シンプルなお洋服を着ていても、より一層美しさがにじみ出てくるような美人。そのような器なのです。

「井戸茶碗のようだ」
と、骨董の名品を見慣れたお客さまをもうならせた迷いのない線。そして気泡のほとんどない、透明さ。艸田さんが「岡の」に来てくださった時に、この透明さの秘密をじっくりと伺いました。

「まず一つに限りなく気泡を抜いたガラスを使って作っていること」
「もう一つは何にも触れていないこと」

“何にも触れていない”とは、どういうこと?

ガラスは通常、型を使ったり、息を吹き込み道具を使いながら形を作っていくもの。私はガラスの作家といえば、吹きガラスのイメージしかなかったのですが、艸田さんの作り方は息を吹き込むことはしません。
‟ピンブロー”という技法を使っています。鉄の棒に巻き付けた熱々のガラスの塊に針で穴をあけ、水に濡らした新聞紙でその穴をふさぐ。そうすると、水蒸気でガラスがゆっくり膨らみます。あとは回転のスピードと角度の調整で、すぼまったり広がったり。円錐形の器でも、どれもそれぞれ形が違うのです。
 

(夜、ライトの下で美しい水紋が浮かびます)

重力と遠心力。

型に吹きこんだり、道具で表面を触ったりすると
、目にはっきりと見えなくても小さな凹凸がどうしても出来てしまいます。ですが、ピンブローはガラスに触れることがないので、透明感に違いが出ます。

それが、艸田さんの器の透明さの秘密でした。

「作為が先行しない。炎とガラスの即興性がある」
「作為がないのに、美しいものが現れる」

これが、この技法の魅力なのだと話します。

聞いてい
ると、「シンプルな技法で作りやすそう」と思ってしまうのですが、今でも一日50個作って、10個しか残らない時もあるとのこと。20年以上作り続けていても、試行錯誤の毎日。艸田さんの話を聞いていると、火に向かうということが修行のように感じます。
 
(自宅に併設されているアトリエと金沢市内にある市営貸工房。金沢のご自宅は日本三名園・兼六園からも歩ける距離なのだそう)

艸田
さんの人柄そのものが、この器の魅力なのだと思います。そこからは、「まだまだ、もっとよいものを作らなければ」という思いがひしひしと迫るように伝わってきます。
 
制約だらけの技法を選んでの創作の日々。
 
「美しいもののみをこの世に残す」、ということを自分の役割として、人生のテーマとして、常により高い理想の形を追い求めているのです。装飾を削ぎ落とした線がこんなに心を動かすのは、艸田さんの実直な思いがあってこそ。

ぜひ、心惹かれたものを一つ手に取って、日々の器として使っていただきたいです。
 
 
 

『つめたい水』 6,600円(税込)
 
 
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