手のひらの力を見直してみませんか? vol.2

からだ修行
2017.09.27

今月の先生:山口 創先生(桜美林大学准教授 身体心理学者)

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「また、肌が気持ちよく感じるかどうかは、素材の物理的な性質だけで決まるわけではないのです。そのスピードもすごく重要です」

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イギリスで行われた実験によると、対象者の肌を3つの異なる速さ(1秒に50cm、1秒に5㎝、1秒に0.5㎝)でなでたときに、最も気持ちいいと感じられるのは1秒に5㎝の速さということがわかりました。そして、その速度でふれたときに最も反応する神経線維「C触覚繊維」というものが発見されたのです。

今回の取材で最もホットなキーワードとして出てきたこの単語、「C触覚繊維」こそが、マッサージにおける気持ちよさの要なのだそう。

この「C触覚繊維」は、1秒に5㎝の速さでふれるともっとも興奮し、それ以上でもそれ以下でも興奮しなくなります。ここに受けた刺激は神経線維を伝って脳へ届き、呼吸や血圧を司る「脳幹」、感情に関わる「扁桃体」、自律神経やホルモンの調整を司る「視床下部」、情動や「自己」の意識とも深く関わっている「島皮質」、意思決定や感覚を統合する「眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)」などなど、ものすご~く広い範囲に影響し、体全体のホメオスタシス(体温や免疫力、血糖などを一定の範囲内に保つ機能)や、アロスタシス(ストレスを受けたときに生じる体の変化を、もとに戻す機能)を一定に保つはたらきをしているそうです。

難しい用語が続きましたが、つまりざっくり言いますと……マッサージによってC触覚繊維を刺激することによって、自己治癒力がアップし、心身が整えられ、心までおだやかになっていくというわけです。しかしここで、山口先生から衝撃のお言葉が。

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「実はこのC触覚繊維は、肌の有毛部、つまり毛がはえているところにしかないんです。というのも、体毛の毛根部分に巻きついているものなので、毛が振動しないと、興奮しないんです。ほらよく猫や犬が、自分の腕をペロペロなめているでしょう? あれは毛づくろいという名の、セルフマッサージをしているんです」

つまり脱毛などで、手足をツルピカにしてしまうと、見た目は美しいけれど、C触覚繊維は発動しないということ。ががががーーん。だからマッサージの効果を上げたければ、できれば毛は残したほうがよいとのこと、「とくに敏感な顔まわりは、できるだけ剃らないことをおすすめします」とのことでした。

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このあたりの感覚は、美容と健康のせめぎ合い。しかしながら、「何のためにあるんだろう」と思いがちな体毛にも、セルフケアの観点からは、重要な役割があると覚えておくのは、よいことだと思います。

さらにセルフマッサージについての面白い研究も教えていただきました。とある実験では、腕をマッサージするとき、自分でふれるよりも、他人にふれてもらうほうが気持ちよく感じる傾向があるという結果が出ているそうです。ところがオイルをつけると、その傾向は逆転。オイルをつけると、自分でふれるほうが気持ちよく感じるという結果が出ているとか。

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また、山口先生が学生たちと協力して行った実験では、何もつけずにセルフマッサージをすると交感神経が優位になり頭が冴えてきて、逆オイルをつけると副交感神経が優位になり、覚醒水準が下がってきたのだそう。

つまり、疲れているけれど、もっとがんばって仕事を続けなくてはいけないようなときは、オイルなどを使わず早いスピードでマッサージを行い、ストレスを癒してリラックスしたいときは、オイルをつけてゆったりしたスピードで行うとよいということ。セルフマッサージも、時と場合によって、使い分けをするのがいいのですね。

皮膚のこと、ふれることについて伺っていると、さらに興味深いお話が出てきました。今回の取材での2つめのホットなキーワード、「オキシトシン」です。

「オキシトシン」は別名「絆ホルモン」と呼ばれ、産婦人科では陣痛促進剤としても使用されるもの。分娩時には妊婦の体内でも分泌され、子宮収縮や乳腺の乳汁分泌などを促す働きを持っています。そしてさらに他の個体に対する警戒心をゆるめ、接近行動を促す働きもあるのだとか。他者への信頼感がまし、ストレスを緩和し、しあわせな気分をもたらすことから、「しあわせホルモン」「愛情ホルモン」とも呼ばれているそうです。

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このオキシトシンは、妊婦や母親だけでなく、神経伝達物質として普通の人間の体内でも分泌されるものですが、スキンシップで増大することが分かっているそうです。さらに、ふれ方にもポイントがあり、ふれてすぐには分泌されないけれど、5分ほどふれていると、分泌されるように。それ以上ふれていても分泌量は増えませんが、ふれるのをやめたあとも、10分くらいは分泌され続けます。子どもや赤ちゃんを抱っこしたあとも、しばらくはポワンとしあわせな気分が続いたりしますが、それはオキシトシンのそんな性質にも関係しているのかもしれません。

子育てや介護など、苦労がとても多く、報酬がないと思われるような行為でも、スキ ンシップを増やすようにしていると、ふれている本人にもオキシトシンが増大し、「やすらぎ」や「しあわせ」というご褒美が自然と与えられるようになっているというのです。なるほどーーー! スキンシップは「ふれる側」「ふれられる側」という関係性も取り払い、両者に喜びがもたらされるようにできているのですね。

photo:砂原 文 text:田中のり子

 

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Profile

山口 創

Hajime Yamaguchi

早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は臨床心理学、身体心理学。桜美林大学リベラルアーツ学群教授、臨床発達心理士。著書は『手の治癒力』『人は皮膚から癒される』(草思社)、『皮膚感覚の不思議』(講談社)、『幸せになる脳はだっこで育つ。』(廣済堂出版)、『子供の「脳」は肌にある』(光文社)など多数。

田中のり子

Noriko Tanaka

衣食住、暮らしまわりをテーマに、雑誌のライターや書籍の編集を行う。『ナチュリラ』(主婦と生活社)は創刊当初からのスタッフ。構成・執筆をした『これからの暮らし方2』(エクスナレッジ)が好評発売中。

肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。

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