陶芸家・岡澤悦子さん(前編)~暮らしというキャンバスに色を添える器を

”つくる人”を訪ねて
2016.03.16

雑貨からおいしいものまで、衣食住にまつわるさまざまな“つくる人”を訪ねるマンスリー連載、今月は暮らしになじむ器づくりを手掛けている陶芸家・岡澤悦子さんの個展会場にお邪魔しました。

 

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Photo:有賀 傑 text:田中のり子 撮影協力:ギャラリーfève

 

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岡澤悦子さんは、長野県松本市生まれ。現在は旦那さまと息子さん、猫たちと一緒に自然豊かな安曇野市に住み、作陶をされています。主に白い釉薬をかけた器で知られており、暮らしにすっとなじむ佇まい、凛としているのにどこか温かなフォルム、使い勝手のよさなどが人気で、日々の暮らしを大切に思う多くの方々から支持されています。

 

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一口に「白」と言っても、さまざまなニュアンスのある白が並んでいました。半磁器に白いマットな釉薬をかけたもの、アイボリーがかった灰釉やツヤ感のある錫釉をかけたもの。ボディを陶器にすると、同じ釉薬をかけても、また表情が変化していきます。焼成のときの酸素の量を調節して、トーンを調整することもあるようです。

「縁がなだらかな“たたら作り”の小皿なら、やさしい雰囲気のマットな質感に。注ぎ口がキリッとした片口なら、シャープでつややかな質感に……。という風に、器のフォルムから色のトーンを考えていきます」

今回の個展では「ギャラリーフェヴ」の引田かおりさんからのすすめもあり、色釉の器にも初めて挑戦したそうです。

 

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手前から「あんず」「プラム」、薄グレーの「春よもぎ」、パープルの「すみれ」。少しくすんだ淡いトーンで、既存の白い器とも、木のテーブルやトレーなどとも自然になじみそうです。

 

器は、どんな空間でどんなテーブルや食器と組み合わせるか、細かなディテールまで想像しながら作り上げるという岡澤さん。「頭の中に『こういう形でこういう質感』と具体的にイメージが浮かび上がってきて、それを現実の世界にポンと取り出す感じ」。自分の中でストンと腑に落ちるタイミングまで、イメージづくりや試作などで時間はかかりますが、その代わり生み出された作品は、まるで以前からずっとそこにあったかのような、不思議ななつかしさと親しみを感じさせてくれるものばかりです。

「今回の色の器もこれまでの私の作品をご存知の方には意外に思われるかもしれませんが、ギャラリーの清々しい空間と引田さんのアドバイスが鍵となって、私の内側にある普段は眠っているたくさんの引き出しの中から、すっと無理なく引き出された感じで生まれてきました」

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岡澤さんが陶芸家として独立したのは、36歳のとき。同業の方々とくらべると、遅咲きのスタートと言ってもいいかもしれません。子どもの頃から絵画や生活工芸などに興味を持ち、松本の民芸店「ちきりや」でお茶碗を選ぶのがうれしかったり、フラ・アンジェリコのフレスコ画のポスターに「自分の好きな世界がここにある!」と、いつまでも見入っていたりと、渋好みだった少女時代。大学では油絵を専攻していましたが、ご実家の商売の都合により、中退を余儀なくされました。その後も生活のために、長い年月をフードチェーン店の社員として過ごしていたそうです。

「人と一緒に働くのが好きですし、接客も楽しかったです。そして『お金がなければ、ものを作ってはいけないんだ』と思い込んでいましたから、ずっとこのまま仕事を続けていくんだろうな……と考えていました」

けれど、胸のうちにフツフツと湧き上がる「作りたい」という情熱は抑えることができませんでした。一念発起して石川県の九谷焼技術研究所にて一年間学び、松本に帰郷。結婚と出産で作陶を中断、2006年から独立し、作家として活動し今年で10年目を迎えました。

「長い時間、『ものを作りたくても作れない』という状況を過ごしていたので、作れることが本当にうれしいんです。普段から気持ち的にも無理をしていないから、『お仕事での苦労は?』と尋ねられても、『う~ん、梱包作業?』と答えてしまうくらい(笑)」

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「分かったふりをしない」。それがもの作りのポリシーと話す岡澤さん。白い器ばかりを作っていたのも、それまでは「白以外の器を作る理由が、まだ分からない」と感じていたから。

「実感がないのに、あったほうがいいから、流行だから……みたいな理由で、ものを作ることはしたくなかったんです。けれど一方で、いつでも何かを吸収していける『柔軟さ』『やわらかさ』は持っていたくて、変化していける自分でありたいと思いました」

かつては「蹴りろくろ」という技法で作陶していた岡澤さん。蹴りろくろとは、器を載せる円盤の縁を足でけって回す技法。「電動ろくろ」が登場する以前はポピュラーでしたが、今ではほとんど使う人はいないものです。もちろん回転の速度は遅く、量産には向きませんが、速度が遅いからこその揺らぎのあるフォルムが生まれ、ならではの美しさも生まれます。

「電動だと、『もう少し手触りを感じながら器をひきたい』と思っても、その前にどんどんかたちができてしまって、手だけが走っていく感じがしていたんです」

 

けれども蹴りろくろは、作り手の腰や足に多くの負担もかけるもの。岡澤さんも数年前足の関節を痛めてしまい、必要に迫られて電動ろくろに向き合うこととなりました。そうすると、蹴りろくろを経験したからこそ分かる、今までは感じられなかった「電動だからのよさ」にも気づけるようになり、その可能性についても、以前よりさらに一歩進んだかたちで考えられるようになりました。大人気のピッチャーやマグカップも、そんな風にして生まれてきた作品です。

そんな風に、急がずあわてず、常に自分の中から生まれる自然な感覚・感情にしたがってもの作りをしているので、岡澤さんの仕事には、いつも無理がありません。身体の調子が戻ってきた今、また蹴りろくろの作陶を再開したいとも考えているそうです。

 

“つくる人”を訪ねて  陶芸家・岡澤悦子さん 後編につづきます

 

 

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Profile

岡澤悦子

etsuko okazawa

長野県松本市生まれ。2006年より独立。現在安曇野市在住。年に数回、アトリエをオープンし、ものづくりの現場にふれてもらう機会を設けている。

http://okazawa-etsuko.jimdo.com/

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