第14回 製菓の専門学校時代のクラスメートでアイドル・なっちゃんへのキャラメルムース

夏井景子さんの想い出の味
2021.12.26


18の春、私は製菓の専門学校へ進学するために上京した。そこで、なっちゃんという友達ができた。

なっちゃんは同じクラスの友達で、日々一緒に行動したりする友達ではなかった。でも私はなっちゃんのことが大好きで、一目惚れのような、アイドルのような、私にとってそんな存在だった。お顔が小さくて目がくりくりしていて、色白で、あまりにかわいくて私はなっちゃんと話す時とても緊張した。

「なっちゃんと話す時、なんかドキドキしちゃう。。」と仲の良い友達に言うと、「それは恋だね。」と笑われた。確かにちょっと他の友達にはない気持ち。

私の通っていた専門学校は2年制で、1年目は料理、パン、お菓子と座学で幅広く勉強して、2年生になる時に専攻のコースを選ぶという学校だった。

    
私はパンの授業がとても苦手だった。パンを丸めたり、パンの生地を触っての作業がとても苦手。どこまで丸めていいのかわからないし、触りすぎて生地はだれるし、一度ついた苦手意識はなかなか治らない。

パンの授業は6人のグループで作業する。2学期のパンのグループ、私はなっちゃんと同じグループになった。

パンの生地はスピード感が大事。6人でひとつの大きなバットに丸め終わった生地をそれぞれ入れて、6人全員が終わったら発酵器に持っていく。誰かひとりでもパンの丸めが終わらないと、他のグループからどんどん置いてきぼりになってしまう。
そしてよりによって、そのグループにはパンの授業が得意な子もいて、早く作業が終わるその子の「まだ終わらないの?」の視線がいつも痛い。プレッシャー。

ある日のパンの授業、あまりに上手く行かなくて、案の定また私のせいでグループの作業が遅くなってしまい、教室の隅にある発酵器にグループのバットを入れた瞬間にちょっと泣いてしまった。そんな私を見かねてなっちゃんが駆けつけてくれて、「けいこ〜大丈夫だよ〜〜!!」といつもの優しい笑顔で励ましてくれた。
そこから紆余曲折あって、なっちゃんの励ましと優しい先生のおかげで、私は苦手なパンの丸めを克服していった。

そして無事に進級して2年生になり、なっちゃんとは違うクラスになった。違うクラスになると会う機会も少なくなるけれど、変わらずなっちゃんは私のアイドルで、たまに会えるとうれしい。

2年生の秋、なっちゃんのお誕生日が近づいてきた。製菓の専門学校なので、友達の誕生日に誰かがケーキを作ってきて、サプライズみたいなことが至る所で行われる。

私も日頃の感謝を込めて、なっちゃんにケーキ作りたいなと思いつく。でも、きっと同じグループの子がお祝いするだろうから、私は小さいケーキを作ろうと決めた。1人分くらいの小さいケーキ。2年生になって、ケーキの授業も本格的になっていて、その頃習ってとてもおいしかったキャラメルムースを作ろうと決めた。

家でのムース作りはなかなか大変。カスタードを作ったり、生クリームを立てたり、やることはたくさん。チョコペンを買うのを忘れて、生クリームで「なっちゃんお誕生日おめでとう」と書いた。

さてなっちゃんのお誕生日当日、ドキドキしながらそのケーキを持って行った。その日は文化祭の実行委員の打ち合わせがあって、私もなっちゃんも実行委員だった。
どうにかなっちゃんにサプライズでケーキを渡したい私。友達に手伝ってもらって、なっちゃんをコンビニへ連れ出してもらい、帰ってきたところで私がケーキを出す。

いざ作戦開始。なっちゃんに喜んでもらうぞ〜!と意気込んだのも束の間、ケーキを箱から出してお皿へと思って振り向いたら、なっちゃんがいるのだ。「え!?なっちゃんコンビニへ行ったはずじゃ…」と言う私の手元には、「なっちゃんお誕生日おめでとう」と書かれたケーキ。きょとんとするなっちゃん。慌てる私。

「なっちゃんにお誕生日ケーキ作ってきてて…。サプライズで出そうと思ったたんだけど、わ〜ごめんねなっちゃん、お誕生日おめでとう…」と言葉にすると、1年の頃からのなっちゃんへの気持ちが溢れてしまい、なんだか私は涙目。なっちゃんもつられて涙目。
なっちゃんはとても喜んでくれた。サプライズはできなかったものの、なっちゃんのお誕生日をお祝いできてうれしかった。

年が明けて卒業が近づいてきて、なっちゃんが手紙をくれた。その手紙には、新年の挨拶と一緒に、卒業後は地元で就職が決まったことが書いてあった。
そして最後に、「実は1年生の時に、学校辞めようかなと思った時があった。でもけいこが“なっちゃん一緒に頑張ろうね”と言ってくれて、私頑張れたんだよ。ありがとう」と書いてあった。まさかそんな風に思っていたなんて全く知らなくて、私はびっくりした。あのパンの授業で励ましてもらっていたのは、私のほうだったから。

卒業してたまに手紙でやりとりしたり、お誕生日にメールをしたり、なかなか会えないけれど、なっちゃんとの交流は続いている。

なっちゃんのお誕生日のサプライズケーキの時の写真は、2人共笑っているのに泣いて目が赤くて、今見てもなんだかおかしくて、私の専門学校時代の大切な思い出のひとつ。

なっちゃんが今日も元気に過ごしていたら、私はもうそれだけで満足。今もあの時と変わらず、なっちゃんは私のアイドルです。

 

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Profile

夏井景子

KEIKO NATSUI

1983年新潟生まれ。板前の父、料理好きの母の影響で、幼い頃からお菓子作りに興味を持つ。製菓専門学校を卒業後、ベーカリー、カフェで働き、原宿にあった『Annon cook』でバターや卵を使わない料理とお菓子作りをこなす。2014年から東京・二子玉川の自宅で、季節の野菜を使った少人数制の家庭料理の料理教室を主宰。著書に『“メモみたいなレシピ”で作る家庭料理のレシピ帖』、『あえ麺100』『ホーローバットで作るバターを使わないお菓子』(ともに共著/すべて主婦と生活社)など。 
http://natsuikeiko.com   Instagram:natsuikeiko

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