第4回 スウェーデンのおもてなしは7種類のお菓子?累計380万部超えのお菓子作りのバイブル『Sju sorters kakor』

マツバラさんのSwedenフィーカ通信
2022.07.27

こんにちは、北欧・スウェーデンのダーラナ地方に住むマツバラヒロコと申します。 スウェーデンのフィーカ(Fika:スウェーデン語でコーヒーブレイクやティータイム)のお菓子のことをエッセイでお届けしています。4回目の今月もどうぞよろしくお願いします。

7月にちなんで「7」のお話をしましょう。 スウェーデンでお菓子を焼こうとすると、かならず出くわす超・有名本があります。『Sju sorters kakor (7種類のお菓子)』と名付けられたその本は、初版の1945年からこれまでに100刷を超え、累計も380万部を超えているというお化け本で、まさに「お菓子作りのバイブル」といったところ。改定ごとに掲載レシピは見直され、お菓子の数は数百にものぼる本なのですが、なぜ“7種類のお菓子”というのでしょう?


私のは古本屋で買ったもので、1985年発行の60刷バージョン。表紙裏に家族からのクリスマスプレゼント、との表記があります。巣立ってゆく娘に家族がプレゼントしたりするのも定番です。2008年以降は英語版もあり。

エッセイの第2回でも触れましたが、フィーカという習慣は昔は「カフェパーティー」などと呼ばれ、1800年代後半の上流階級の人たちから始まったもので、小麦粉や砂糖、コーヒーなどが高級品だった当時、お茶会を開くというのは裕福な家庭でも年に数回あるかないかという、とても晴れがましい一大イベントだったようです。


1900 年以前の「カフェパーティー」は、かなり格式の高いものでした。お呼ばれした 側も正装していますね。(Photo: Falbygdens museum)

そんなお茶会にお客様を招く時は、暗黙のルールで「ケーキ類に加えて焼き菓子を7種類そろえること」といわれていて、7種に足りないとあの家はケチだなどと言われ、多すぎると見栄っ張りだと言われる始末。次第に7種がちょうどよいとされるようになり、「お茶会に“7種類の焼き菓子”を取り揃えていること」が、よいお茶会の代名詞となっていったのです。


1912 年発行の Svensk Konditorbok。 スウェーデンの菓子職人向けの本なので、 一般人ではとても作らない(作れない)ようなトンデモナイお菓子だらけ。かろうじて143番に、今も人気のあるブリュッセルケックス(ブリュッセルクッキー)らしきものが見えます。

しかし、当時はスイスやベルギーから招いた菓子職人がお菓子を作っていて、焼き菓子といってもいわゆるフランス菓子で言うプティフールのような、小さく1つ1つ作り込まれた華麗なお菓子が中心で、スウェーデン菓子とは言えませんでした。

それが戦後になって、 贅沢品だった砂糖や小麦粉が一般家庭でも使いやすくなり、お菓子作りブームが到来!ようやくスウェーデンならではのお菓子が生まれたのです。スウェーデン名物の「ブッレ」(シナモンロールに代表される甘い菓子パン)が登場したのも約100年前と言われていますから、この頃に発展したものと思われます。

現代でこそほとんどの女性が職を持つスウェーデンですが、当時はまだ専業主婦がいた時代。手織りや手刺繍を施したテーブルクロスを使って、自慢のお菓子を振る舞うことがセンスの見せどころだったというのですから、お茶会はいわば SNS のような側面を持つ社交場だったのかもしれません。


1920年のウップランドのピクニックでの風景。「カフェパーティー」から、気軽な 「フィーカ」になりつつあるのが感じられます。(Photo: John Alinder / Upplandsmuseet)

そんな昔ながらのフレーズ“7種類のお菓子”をタイトルに冠したこのお菓子本に載っているものが、今ではスウェーデンの伝統菓子のようになっていますが、そもそも本の成り立ちは、ICAというスーパーが発行する主婦向け雑誌でのレシピ公募。つまり、レシピの多くはいずれも個人から寄せられたものだったのです。

当時のお菓子作りブームの大きさを反映して、出版社の予想をはるかに上回る多数の応募があり、それを出版社の料理部が全て試作をし、厳選したお菓子のレシピ集。それが今日のスウェーデンの家庭菓子の基礎になったわけです。


1962年の主婦向けの本。お菓子本ではなく料理本なのですが、表紙はケーキの絵、裏表紙もケーキの広告で、お菓子作りが人気だったことがうかがえます。

主婦のアイディアレシピとは言え、祖母から伝わるお菓子やその土地に伝わるお菓子なども多く、伝統を感じられる焼き菓子のラインナップは、昨今のお菓子作りブームでも人気が再燃しているようで、この本で見られるようなレトロなお菓子は、今もまた大人気なのです。


7種類揃えてフィーカしてみた図。バターケーキやブッレも入れて7種類がやっとです。小さめに焼いてあっても、私は3種類も食べればお腹がいっぱいになってしまいます。

現代の私たちの「フィーカ」は、昔の人たちの「カフェパーティー」よりはもっとくだけた、 気軽なものになりました。それにしても昔の人たちは、バターや砂糖をふんだんに使ったお菓子を、いくら小さくても7種類も食べられたのかしら? 他にケーキやタルトなどもあると言うのに?

   
現在カフェで提供される焼き菓子の多くは、「7種類のお菓子」で見たことのあるもの。店頭でのサイズは、1つだけでも満足できるくらいの特大サイズなので、ゆめゆめ1日で 7種類制覇しようなどと思われませんよう、、、

「7種」はあくまで「7種類揃っていること=7種類の中から選べるようにしてあること」であって、1人が7種類食べるということではないですからね!

でも、当時の上流階級のお茶会は、なんと丸1日続いたそう。丸1日あれば、7種類は食べられそうですね(笑)。

 

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★マツバラさんのフィーカ通信、次回は8月にお届けする予定です

Profile

マツバラ ヒロコ

HIROKO MATSUBARA BRÄNNHOLM

神戸出身。大阪のテキスタイル商社に10年勤めたのち、北欧への興味が募り、2003年よりスウェーデン・ダーラナ地方のテキスタイルコースで2年半学ぶ。現在はダーラナ地方在住で、アンティークや手工芸品を扱うWebショップ<happy sweden>を運営、スウェーデン人の夫、娘、柴犬と暮らす。日本帰国時には、北欧に伝わる編み物の祖先のような手芸「ノールビンドニング」のワークショップを行い、時にはワークショップと同時進行でカネールブッレを焼くことも。著書に『はじめてのノールビンドニング』(共著/グラフィック社)。

https://www.happysweden.net/ 

スウェーデン暮らしのinstagramは@happy_sweden
趣味で始めたお菓子作りのinstagramは @fikateria

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