掃除は人とモノへの思いやり  Vol.1 羽田空港清掃員 新津春子さん 

『暮らしを、みがく』
2016.10.19

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清掃の仕事ひと筋25年。羽田空港が「世界一清潔な空港」に選ばれた、その立役者である清掃のプロ、新津春子さんにとっての家の「掃除」とは?

「清掃員って、社会的地位も低くて、決して聞こえのいい仕事ではありませんよね。私自身、もともと掃除好きでも、きれい好きでもなかった。でも、ほかには仕事がなかったから」

新津さんの父親は中国残留孤児でした。17歳のときに一家で日本に移住。唯一、収入を得られる仕事が清掃だったのだそうです。

「最初は生きていくために始めた仕事でした。でも今は、掃除は自分のためではなく、人のため。使う人の立場に立って思いを込めれば、いろんなことに気づきます。掃除は人とモノへの思いやり。掃除に必要なのは気持ち、やさしさです」

新津さんがそう思い至ったのは、全国ビルクリーニング技能競技会で1位になれなかったとき、「あなたの清掃には、やさしさが足りない」と上司から言われたことがきっかけでした。自分の清掃を振り返ってみると、とにかくきれいになりさえすればいいと、清掃のテクニックや効率のよさを優先し、使う人や場所、清掃道具への思いやりが欠けていた。単なるひとりよがりの自己満足だったのだと気づいたのだそう。

「ただ汚れを落とすだけでは、本当の意味できれいにはできません。気持ちよく使ってもらいたい、その場所をきれいにしたい、道具に対しても感謝する、そんな心配りが大事です。それは家の掃除も同じこと」

とはいえ、新津さんの家での掃除は毎朝、気になるところを“ついでに、ちょこっと”が基本です。出勤前のご主人を見送るついでに廊下や手すりをサーッ、トイレに入ったついでに床までサーッ、歯磨きのついでに鏡をサーッ。

「人が通る場所は汚れやすい場所。動線に沿って、目についたところや触れるところを掃除するだけでも、家の快適さはじゅうぶん保てます。掃除が面倒くさいのは、隅々まできれいにしようと思うから。たまった汚れを落とそうとするからです。汚れをどう落とすかという“事後掃除”より、いかに汚れを溜めないかという“予防掃除”のほうが実は大事。“予防掃除”は、虫歯にならないために歯磨きをするようなもの。“ちょこっと”の掃除を毎日の習慣に組み込むことができれば、汚れを定着させなくて済むんです」

掃除に特別な道具は必要ないとも新津さんは言います。新津さん自身、毎日の家の掃除は、薄手のタオル1枚で済ませているとか。

「掃除が苦手な人ほど便利だからと、あれこれ買って、実際には使いこなせていないのでは? 日頃の掃除は、タオル1枚あればじゅうぶん。割り箸や竹串など、家にあるもので掃除に使えるものはたくさんあります。それをどう使って、何ができるのか。考えて工夫するって、楽しいですよね。それできれいになったら達成感も大きい。それって料理と同じです。冷蔵庫の中にある材料で何ができるか考えるとワクワクするし、それがおいしくできたらうれしいでしょ。使い終わったら道具のお手入れも忘れずに。掃除機にホコリがかぶっていませんか? 道具にも思いやりの心でメンテナンスしないと、パワーも落ちるし、長持ちもしませんよ」

 掃除に大切なのは人とモノへの思いやり。明日から掃除のしぐさが少しはやさしくなりそうな気がします。

『暮らしを、みがく』より text:和田紀子 photo:吉岡竜紀

 

Profile

新津春子

Niitsu Haruko

日本空港テクノ株式会社に所属し、環境マイスターとして羽田空港全体の環境整備に貢献。家庭向けの掃除術を紹介した『掃除は「ついで」にやりなさい!』(小社)が好評発売中。

肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。

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