ワタナベマキさん【前編】憧れの職業だったのに、力を発揮できないもどかしさ

仕事の壁、暮らしの壁
2018.03.14


この連載では、「ナチュリラ」で人気のおしゃれさんたちに、こんな質問をしています。「いままで仕事をし、暮らしてきた中で、ぶつかった壁、悩みは何ですか? どのように乗り越えましたか?」

第3回に登場していただくのは、料理家のワタナベマキさん。いまやさまざまなメディアで大活躍のワタナベさんですが、自分の職業は料理家だと自信を持って言えるようになったのは、意外にも30代になってから。自分の好きなことを仕事にするまでの道のりは、たとえ回り道だったとしても、大事なことばかりだったようです。

text:福山雅美 photo:砂原文

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ワタナベさんの料理を、雑誌で見ない月はありません。さらに、書籍も年に数冊のペースで出版。そんな多忙を極める中で、料理家とスタイリストの友人と共同で、食まわりのものを扱うショップと料理教室を開くキッチンを併設した「STOCK THE PANTRY(ストック ザ パントリー)」をオープン。周囲の誰もが、「いまの状態でも忙しいのに、お店まで始めて、本当に大丈夫なの?」と驚きました。そんなまわりの声をよそに、ワタナベさんは、期待いっぱいのすがすがしい表情。「まるで部活みたいな感じ」と楽しみながら、はじめての経験にワクワクしています。

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学生のころ、ワタナベさんが目指していたのは、料理家ではなく、グラフィックデザイナーという職業でした。卒業後、無事就職しますが、はじめから壁にぶつかったと言います。「広告代理店のデザイン部に入ったのですが、実際の仕事はデザインより、イベントの設営などが中心。どんどん疲れていくばかりの毎日でした。会社を辞めようかなと思ったとき、どうせなら尊敬できる人の元で一度デザインをやってみよう、それでダメならあきらめよう。そう考えて、憧れの人にメールを送ってみたんです」

宛先は、デザイナーのセキユリヲさんが主宰する「サルビア」。面接後、「いつから来られる?」と、返事はすぐに届きました。期待を胸に、アルバイトからの再スタート。これまでいた会社とは打って変わって、興味のある仕事がいっぱい。その中で、ワタナベさんも充実した日々を送ります。けれど、仕事をまかされていくほど、デザイナーとしての自分に、もどかしさを感じ始めていました。

「クライアントや編集者とのやりとりの中では、『どうしてこのデザインにしたのか』を説明する必要があるんですね。それができないと、ただの独りよがりになってしまう。私は、それがとても苦手だったんです。感覚に頼ったデザインをしていたからかもしれません。それでは、相手が納得してくれるわけがありませんよね」

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では、どんなことなら、自分は自信を持って相手に伝えられるか? 立ち止まって考えたとき、真っ先に浮かんだのは、幼いころから、家庭で教えられてきた料理でした。「料理のことなら不思議なほど、明確に伝えることができたんです。なぜこのスパイスを使ったのか、この味つけにした理由は何か……。私が本当にやりたい、そしてできることは料理なんだと、デザイナーとして壁にぶつかったときに、ようやく見えてきました」

とはいえ、このときは、まさか料理を仕事にできるだなんて思っていません。自分が自信を持ってできることを、やってみたいと思っていただけ。その気持ちを、上司だったセキさんに相談してみると、「わかった。じゃあ、ここで料理を作ってみたら?」と、気持ちよく事務所のキッチンの使用許可がおりたのです。

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まずは週に2日、事務所スタッフのお弁当を500円で作るところからスタート。午前2時にキッチンに入っておかずを作り始め、お昼までに、みんなから集めたお弁当箱に詰めます。ときにはセキさんのスクーターを借りて、配達することも。片づけたあとは、デザイナーの仕事に戻る、という日々。ハードではありますが、気持ちのうえでは軽やかでした。何か、風穴があいたような気持ちよさがありました。

結局、このお弁当が評判を呼び、ケータリングを頼まれるようになったり、雑誌の連載の話が舞い込んだりして、ワタナベさんは料理の道へ進むこととなります。

 

→後編へ続きます

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→より詳しく読みたい方は、ナチュリラ別冊『幸せに暮らすくふう』をご覧くださいね

 

Profile

ワタナベマキ

Maki Watanabe

グラフィックデザイナーを経て、「サルビア給食室」として料理家の活動をスタート。雑誌やテレビなど活躍の場を広げ、レシピ本も多数出版。東京・世田谷に、料理家の今井ようこさん、スタイリストの佐々木カナコさんとともに、食まわりの店「STOCK THE PANTRY(ストック ザ パントリー)」をオープンした。
instagram「@stockthepantry」

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