石川博子さん vol.1「レパートリー以外の料理は作らなくなりました」
子どもが独立して、夫婦ふたりの生活に。仕事や暮らしのスタイルを今の年齢に合った形に変えようと思いつく……そんな人生の節目は、ふとした瞬間に訪れます。これからの日々は「のんびり自分流に」と、暮らしや考え方を切り替える方も多いようです。特に個性が際立つのが、日々の食卓。体調や食の好みが変わってくる年代に差しかかることもあり、心も体も健やかに過ごせる“今の自分にちょうどいい食事”が、それぞれ定まってくるのかもしれません。
そこで「暮らしとおしゃれの編集室」では、食まわりの仕事をする素敵な先輩方に、年を重ねた今、日々の食卓にどんな変化があったかをお聞きしてみました。連載第4回は、「ファーマーズテーブル」店主の石川博子さんが登場。新刊『これからの暮らしと食卓』でも詳しくご紹介していますので、ぜひあわせてご覧くださいね。
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1985年、「ファーマーズテーブル」は東京・表参道の同潤会青山アパートメントの一角に生まれました。時はつくば万博の頃、〝作家ものの器〞も〝リネンのキッチンクロス〞も珍しく、今のように〝暮らしを楽しむ〞というムードが醸成されるずっとずっと前のことです。そんな折、石川博子さんは自分の生活の中で出合い、いいと思った生活雑貨を扱う店をオープンさせました。以来、30 年以上、自身の暮らしの分身ともいえる店をこつこつと営み、よき道具がもたらす豊かな暮らしを提案し続けています。
そんな石川さんも、昨年、還暦を迎えました。人生の節目ともいえる今、食まわりや暮らし向きで、変わったことはあるか尋ねると、「それがね、何も変わらないのよう」と、拍子抜けするほどさっぱりしたお返事。「いたって普通!」と笑います。59 歳から60 歳にただひとつ年をとっただけ、昨日と同じ暮らしを淡々と。「強いて言えばラクになったかなあ」
娘が独立したことで、再び夫婦ふたりに。それは、子どもが生まれる前と同じく、時間に融通のきく自由な暮らし。19時にお店を閉めたあと、夫と待ち合わせて外食をすることがめっきり増えました。
「夫がお酒を飲まず、私もあえて飲むことはしないので、本当にぱぱっとごはんを食べるだけ。蕎麦屋さん、中華料理屋さんなど、なじみの店をローテーションする感じです」
外食でない日も、夕飯の支度をするのがちょっと面倒な時は、デパ地下で総菜を買って帰ることも。「忙しいなら、無理にごはんを作らなくてもいい」という、夫のおおらかさに助けられ、石川家の食卓は、台所から少し浮いたあたりにふわふわ漂っているようです。
「夫が『ごはんは家で食べたい』とか『おかずは何品ないとダメだ』とかあれこれいう人じゃなくて助かっています。家で作るのも、自分が食べたいものばかり。ずいぶんと自由にさせてもらっています」
そんな石川さんが作るごはんは、ごくオーソドックスな昭和の家庭料理。
「そりゃあ、娘がいた頃はレシピを見ながら、子どもが好きそうな料理を頑張って作っていましたよ」
でも、それらは今、食卓にのぼることはありません。
「台所で頑張るのに、だんだん疲れてきちゃったのかもしれない……。おかずを自由に決められる今は、昔から自分の舌が慣れ親しんでいる料理ばかり。そういう料理なら、勘所をつかんでいるし味の加減もわかっているから、レシピを見たり、大さじ・小さじと量ったりしなくてもいい。すごく気楽に作れるんです」
「“これから”の暮らしと食卓」より
photo:砂原 文 text:鈴木麻子
Profile
石川博子
広告系のスタイリストを経て、1985年に、器や布ものなど生活雑貨の店「ファーマーズテーブル」をオープンさせる。主な著書に『「ファーマーズテーブル」石川博子 わたしの好きな、もの・人・こと』(主婦の友社)がある。
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