魔法使いのおへそ ― 作家・角野栄子 vol.2
5 歳のときに母が亡くなってから
心のどこかにいつも寂しさがありました。
だから物語の世界に
遊びに行きたかったのだと思います。
朝8時に起き、仕事をしたら午後2時くらいにランチを。そのあと散歩をしたり、街に出て夕飯の買い物をしたり、カフェに立ち寄ってコーヒーを飲んだり。「往復4500歩ぐらい歩くのよ」と角野さん。この日は娘さんの愛犬ロメオと。角野さん スタイリング/くぼしまりお
5歳のときに母を亡くした角野さん。著書にはこう綴られています。
「この世の空か地上か、どこかはじっこの方にとてつもない力があって、それには抵抗できないのだということを、身にしみて感じていた。(中略)そのせいか私はいつもここではない、どこか向こうの見えない世界を思っていた」
心の奥底にしんと静まる「寂しさ」をたたえているから、角野さんの描くファンタジーは、人の心を満たす強さをもっているのかもしれません。
どうしたら人生をおもしろがれますか? と聞いてみました。
「ひとりで楽しむことだと思いますね。絵を描きたいと思ったら、ひとりで描いたらいいと思うの。うまく描こうと思うから、習いに行きたくなる。でも、自由に描くほどおもしろいことはない。大事なのは心を動かして遊ぶことです」
今、角野さんが作品を書くときには、締め切りを作らないそうです。つまり、自分でコツコツ書いて、でき上がったら出版社に持っていくというスタイル。さらに、作品に「自分」は入れません。
「あえて自己主張は入れないんです。読んだ人、ひとりひとりの物語になって生き続ける。それが物語の素晴らしさだと思いますね」
見える世界と見えない世界の境界にいて、双方に出入りをし、2つの世界をつなぐ人を「魔女」と呼ぶそうです。魔女が見せてくれるのは、生と死、善と悪など、2つを分けようとしない世界。心を動かし遊ぶためには、そんな魔女の力を借りて、当たり前だと思っていた世界から、抜け出してみればいいのかも。ふわりと空に浮かんで「いつも」を見つめてみれば、今までとは違った心のパーツが動き出しそうです。
いたずら描きをする
物語はいつも絵を描くことから。
描くたびに、新しいことに出会えるから
また描きたくなる。
黒い革を手に入れて、文庫本の形の手帳を作ってもらった。絵や思いついた言葉、買い物リストなど何でもメモ。手前の手帳に描いたのは、ルーマニアを旅したときに見つけた「にらみ窓」のスケッチ。
書斎の壁にはコルクを貼り、ご自身で大きな木の絵を描いた。読者の子どもたちが送ってくれた手紙や小さな人形などを楽しくディスプレイ。
原稿はパソコンで書く場合と、原稿用紙に手書きする場合の両方のケースがある。窓から光が差し込むデスクまわりは明るく居心地がいいスペース。
ミステリーを読む
寂しくても
本を読めば元気になる。
心が動けば何かが始まる。
お風呂に入ったら、寝る前の1時間ぐらいを読書の時間に充てる。ソファにゆったり座り、ミステリーの世界に浸るのが至福のひととき。
幼い頃から本が大好きだったので、新居を建てる際、床から天井までの本棚をオーダーした。暮らしのなかで優先順位のいちばんは、本を読むこと。
廊下、階段、書斎など、家じゅうあちこちに魔女やアンデルセンなどの人形たちが顔を出す。
『「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出』(KADOKAWA刊)
『暮らしのおへそ Vol.29』より
photo:馬場わかな text:一田憲子
Profile
角野栄子
東京・深川生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て24歳からブラジルに2年滞在。その体験をもとに書いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で1970年作家デビュー。代表作『魔女の宅急便』は舞台化、アニメーション化、実写映画化された。2018年国際アンデルセン賞・作家賞を受賞。
肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。