「ただ、いる、だけ」は価値がある。 ― 臨床心理士・東畑開人さん vol.1

暮らしのおへそ
2019.12.16

学術書でありながら、ユーモアあふれる小説のようでもある、『居るのはつらいよ』という本を知っていますか? 臨床心理士の東畑開人さんがデイケアでの勤務体験をもとにして書いた話題の本です。東畑さんは京都大学で博士号を取得した後、沖縄のデイケアに就職しますが、初出勤の日に「とりあえず座っといてくれ」と言われます。主な仕事は、患者さんと「ただ、いる、だけ」でした。暇でも、退屈でも、二日酔いでも、嵐でも、座っている日々に「居るのはつらいよ」と心で叫ぶ東畑さん。それでも、と覚悟を決めて、4年もの間座り続けてたどり着いた「ただ、いる、だけ」の価値とは?



当たり前の日常を支えるのは
見えにくいけれどとても大切なもの。

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「いる」と「する」の不思議な関係

個性豊かな登場人物たちがデイケアを舞台に繰り広げる涙あり笑いありのドタバタな日常に、新米心理士の学術的な分析が加えられ、読む者をぐいぐい引き込んでいく話題の本『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』。この本の主人公で著者の東畑開人さんは、現在、埼玉の大学で教鞭をとる傍ら、東京・白金高輪でカウンセリングルームを開業している臨床心理士です。東畑さんは、京都大学大学院で博士号を取得した後、現場で経験を積むべく、とある沖縄の精神科デイケアに就職しました。

「大学で勉強した専門性を生かし、心の深い部分に触れるセラピーで患者さんを回復させたい」とやる気に満ちて、社会人としてのはじめの一歩を踏み出したまではよかったものの……。

デイケアで先輩から言われた業務は「とりあえず座っていてくれ」。ただそれだけでした。

精神科デイケアとは、精神疾患などで社会に「いられなく」なった人がリハビリのために集まって過ごす場所。メンバーさん(デイケアに通ってくる患者さんのこと)が「いられるようになる」ために一緒に「いる」こと。誰かが「いる」ために私が「いる」。それが東畑さんの主な仕事でした。

ところで「いる」って一体どういうことなのでしょう? 家事や子育て、仕事など、日々「する」ことに追われて忙しく過ごしている私たちには、何もしないでただそこに「いる」ことは自分とは関係のないテーマに思えてピンときません。東畑さん自身も「いる」より、効率的にいろいろ「する」ほうが役に立つ、と思っていたそう。ところが、「いる」は見えないけれど、誰もが無意識のうちに獲得しているもので、それが脅かされると、とてもつらくなるらしいのです。

「なにもせずにただ座っている、これがとにかくつらくて。デイケアってどんなところ? と聞かれれば、座っているのがつらいところ、と答えます」

本のタイトルの「居るのはつらいよ」は東畑さんの心の叫びだったのです。

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『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)。「イルツラ」という愛称で親しまれている。

 

→vol.2につづく

 

「暮らしのおへそ Vol.28」より
photo:興村憲彦

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Profile

東畑開人

Kaito Touhata

1983年生まれ。臨床心理士。2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了後、沖縄の精神科クリニック勤務を経て14年より十文字学園女子大学専任講師に。17年、白金高輪カウンセリングルームを開業。著書に『野の医者は笑う』『日本のありふれた心理療法』(共に誠信書房)ほか。

肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。

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