尾道編vol.1 地元で不要とされたものを「素材」に変えるモノづくり「立花テキスタイル研究所」

地元のおしゃれさんが 案内する 小さな旅
2019.10.05

地方在住のおしゃれさんに、地元のとっておきの場所を案内していただく人気連載「地元のおしゃれさんが案内する小さな旅」。今月は、レトロな街並みや景色が魅力的で、観光地として人気が高い広島県・尾道を特集します。最近は移住者も増え、おしゃれなお店やカフェがどんどん増えているそう。そんな今話題の尾道を案内してくれるのは、天然染色で染めた帆布のバッグや小物の製作を行う「立花テキスタイル研究所」の新里カオリさん。ご自身も10年前に移住してきたからこそわかる、尾道の奥深い魅力を教えていただきました。

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text:新里カオリ

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皆さん、初めまして、こんにちは。
「立花テキスタイル研究所」の代表をしております新里カオリと申します。広島県尾道市の向島で、帆布の天然染色、バックや小物などの制作販売をする会社を営んでいます。関東から10年前にここ尾道市に移住をしてきたのですが、そんな私がこの度、尾道のおすすめの場所を皆さんにご紹介していきたいと思います。第一回はまず私たちが何者なのか、を知っていただく自己紹介の意味も含めて「立花テキスタイル研究所」についてお話しさせてください。

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尾道駅を降りるとすぐ目の前に「尾道水道」が見えます。「水道」という響きはちょっと聞きなれない表現ですが、尾道と対岸に見える向島の間を流れる、川のような海です。

駅から海岸沿いに歩くと、尾道水道を渡る渡船が3か所から行き来しています。その中の駅から一番遠い位置にある「尾道渡船」に乗ること4分、向島側に到着。車や自転車ごと乗れるその渡船は、地元の人々の生活の足でもあり、「日本一短い船の旅」として多くのサイクリストや観光客が乗り込み、その景色を楽しみます。

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しまなみ海道のスタート地点でもある向島は、渡船乗り場から南側の海岸まで、島の中心を横断するようにたくさんのサイクリストが走る光景をよく目にします。最近では、海沿いにカフェやパン屋さん、チョコレート工場もでき、一層バカンスを楽しめる島として人気が出てきました。

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ちなみに遠方からのお客様が来られた時に、私が必ずお連れする場所は、高見山山頂です。瀬戸内海特有の波のほとんどない鏡面のような水面に浮かぶ小さな島々、お隣の因島へかかる因島大橋、空気が澄んでいれば四国の山や町が見えます。時には車を走らせここへ来て、海からの新鮮な空気を思いっきり吸いリフレッシュをしています。

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立花テキスタイル研究所は、尾道から向島に渡船で渡り、港からゆっくり入り川沿いに歩いておよそ15分。蔦の絡まる壁が目印です。

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この後ご紹介する、帆布工場の一角を間借りする形でショップをオープンしています。築80年以上のこの建物は、織り機に使われていた材木をリサイクルした柱や梁をそのまま残してリノベーションをしました。ここでは、染めの作業やミシンで縫製作業を行っているほか、事前予約で染めや織り、糸紡ぎなどの体験ができるワークショップも随時行っています。

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バケツをイメージしたマチの大きいバッグ。


私たちの製品作りは「尾道を思い出してもらえるもの」をコンセプトにしています。例えば、魚を釣ったおじさん達が海辺で使うバケツや、尾道水道を行きかう船をイメージしたボートバック、怒るとぶうっと膨れるフグといったように、尾道の日常の風景をデザインに落とし込んでいます。

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海に浮かぶ船をイメージしたバッグ。底が浅いのでものが探しやすい。


尾道に暮らしていると、「長い間変わらない形」というのは自然物も人工物も、とても機能的にできているなとつくづく思います。「立花テキスタイル研究所」では、そんな機能的で、おもろしいと思った形をバッグのデザインに取り入れています。

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フグをイメージしたバッグ。入れるものによってフォルムが変わり、たたむとフラットになります。


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埼玉出身の私が、なぜ尾道に暮らし始め、「立花テキスタイル研究所」を始めるになったかを少し長くなりますがお話させてください。最近になって尾道は日本屈指の観光地になりました。尾道の売りといえば、その景色。古い建物が山手にひしめき合う風景は、映画のセットのよう。車どころかバイクも通れないような細い路地、石畳の階段、猫たちが井戸端会議をする小さな広場、次の路地を曲がった先には一体どんな世界が? とワクワクが止まらない迷路のような街です。

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都心での仕事や生活に疲れて、もう俗世間からしばし離れたい! ラーメン食べて迷子になりたい! と全国各地からたくさんの方がさ迷いに来られますが、私もかつてその一人でした。というのは半分冗談、半分本当。

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私は武蔵野美術大学でテキスタイルを専攻していました。染色やプリント、織り、フェルトなどの技法やデザインを学び、1998年の大学院生だった頃、友人のお母さんに薦められ、初めて尾道を訪れました。そして今の会社がある向島で、「尾道帆布株式会社」の帆布工場に出会います。

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古い織機の動く音、天井の隙間から射す光に浮かぶ綿埃、ゆっくりと織り上がっていく、ただただシンプルな生成の綿の布。昭和9年創業時から、ここにずっしりと根を下ろし、今なお動き続けている工場の圧倒的な存在感に、心臓を撃ち抜かれました。

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帆布は綿100%の糸を平織りした、シンプルで頑丈な生地です。かつては北前船などの大型帆船から漁民が暮らす家船の屋根部分まで使用されていました。時代とともに船がエンジン式になり、世の中で使われる日用品の大半は石油由来の安価なものへと姿を変え、帆布ももれることなく化学繊維に台頭されていきました。そんな時代の変遷を経て、生き残った帆布を通して私が実感したのは、どんなに必要とされる数が減っても、ゼロにはならなかったという、ささやかだけど揺るぎない事実でした。

大学でもの作りに携わっていた私は、自分の作るものへの存在価値をどう見出していいものか悩んでいました。こんなに世界にものが溢れているのに、まだ作り出す意味は? 新しいものが注目を浴び、古いものが消えても誰も気に留めない世の中はなんだかとっても寂しくない? 使い捨てのものを消費し続ける綱渡り人生を歩むかもしれないこの国の未来に、希望を感じられなくなっていた頃でした。

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しばらくは東京と尾道を行ったり来たりの二重生活。準備が整うまでに10年を要しました。そうこうして完全に移住したのは2008年。腹をくくり、もの作りの世界に飛び込むならば、自分なりにいくつかの問題を解決しないといけない状況でした。

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尾道市内の家具屋さんから出る木っ端を粉砕したもの。
鉄媒染するとグレーになる。 


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柿渋で使用される青柿。


まずは、なるべく環境負荷のかからないものを作ること。そしてあえて尾道で作る意味のあるもの、作ることで社会や地域にとって意義のあるもの。これが揃わなければ、ものを作る意味を途中で絶対に見失ってしまう、と確信していました。

・欲しい色を数多く追い求めるのでなく、その地で不要とされている天然のものを染料にする。
・港町である尾道に必然的に必要とされ、今現在もなお生き続けている帆布をメインの材料にすること。
・商品の売上が、自分たちだけでなく地元の農家さんや内職さんに回る仕組みを作ること。

その3つに焦点をあてて染料をさがしていたところ、縁あっていくつかの素材と出会うことができました。それが、鉄鋼所で出る鉄粉、家具屋さんで出る木っ端、柿農家さんが干し柿を作る時に摘果する青柿から作る、柿渋です。

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染色めやプリントで使われる鉄の粉。


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鉄鋼所から出る鉄の粉をプリントした生地で作られたポーチとコインケース。
あえてムラやスレを出すことで、一点一点表情が異なります。


すべて一度は「不要」のレッテルを貼られ、産業廃棄物として処分されそうだったものや、焼却処分されるものでした。私たちはそれらを染料の材料や、色を定着させるために用いる媒染剤として使用しています。

 

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帆布の原料となる綿花も、近くのNPO法人のメンバーや有志の方々に栽培していただいています。綿花の茎も、もったいないので染料にしてみることにしました。

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特に綿花栽培にはとても大きな意味があります。土から育てたものが、最終製品になるまで携わることができるなんて、ものを作る人間にとって、これほどシビレることはありません。私が思っていた以上に、土に触れ、手を動かし、一緒に根気よくもの作りに関わってくださる人たちが、この地には多くいたのです。材料のみならず、マンパワーまで得られるとは移住当時は予想もしていませんでした。

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綿花を植えるところから挑戦した、優しいピンクベージュの「綿の茎染め帆布のコインケース」。


ゴミか、資源か。この垣根を作ったのも人間なら、壊せるのも人間です。まだまだ実現できているのは構想の100%ではありませんが、長くじっくり時代に寄り添いながら生きてきた帆布工場のように、これからも引き続き地に足をつけてもの作りを続けていきたいと思っています。

さて、次回はそんな私たちの活動にも関わってくださっている方の一人、尾道柿園の宗康司さんをご紹介します。それではまた来週、お目にかかりましょう!


←その他の小さな旅【尾道編】はこちらから

立花テキスタイル研究所

MAP:
広島県尾道市向東町1247
TEL:0848-45-2319
営業時間:10:00~17:30
定休日:火曜、年末年始
駐車場なし
https://tachitex.com/

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