コロナ時代を生き抜く人類の新しい基本 辻 仁成さん・寄稿エッセイ Vol.2
※この記事は2020年8月30日に発売された『暮らしのおへそ Vol.30』に掲載されたものです。
緊急事態宣言期間中、作家の辻 仁成さんは毎晩ツイッターで日本に向けてメッセージを発信されていました。「おやすみ、日本。とんとんとん。」で終わるその短い文章に、不安を抱える多くの人が癒され、安心し、自分のベッドに入ったことと思います。17年前からパリに移住し、今はシングルファザーとして16歳の息子さんとふたり暮らし。ロックダウン中にパリで見たもの、感じたことを綴ったブログは、料理のことから、買い物の後の除菌方法、息子さんとの向き合い方、そして心の整え方まで多岐にわたりました。そんな辻さんに、この経験を経て、新たに発見した「おへそ」について綴っていただきました。
コロナ禍の日々がぼくに教えてくれたものは、日常ときちんと向き合うこと、だったのです。こういう不安な時代はとかく日常がいい加減になりがちです。そこでぼくは規則正しい生活をおくるように心がけてきました。毎日、正しく生きることで、自分を見失わずに済みます。目に見えないウイルスの脅威のせいで、日々が逆に疎かになりがちなのですが、そうなると、人間が荒みます。なので、コロナウイルスに負けないためにも、掃除洗濯、料理、などは手抜きをせずきちんとやるように心がけてきました。日常さえ守り抜ければ復帰も早いのです。要は同じことをきちんと続けられることがコロナに勝つために必要なことでもあるわけです。そういうぼくを見ていると子どもも安心なのでしょう。生活に寄り添うことが、こういう感染症パンデミックに負けない方法だと、ぼくは生活を通して学ぶことができました。
ロックダウン解除後の世界でも、ぼくは規則正しい生活を続けています。より、規則正しく生きようと心がけていると言えます。午前中、掃除洗濯をし、昼ご飯を作り、午後、買い物に行き、仕事をして、夕食の準備、夕飯を息子と食べたら片づけをします。干していた洗濯物をたたんで仕舞い、そこから仕事をやります。夜中まで仕事をしてから、翌日の食事の仕込みなどをやって、眠りにつく毎日です。修行僧のようですけど、決めたスケジュールをきちんとこなして生きることで、そこから日々の哲学を得ています。時間ができるとカフェに行ったり、ギターを弾いたり、息子と話し込んだりしています。ていねいな人生ですけど、余裕があるので、笑いもたえません。ぼくは父親をやりながら、同時に、母親もやっています。家事をやりながらも、同時に、仕事もやっています。だから、ぼくが日本に仕事に行くときなどは、その大変さがわかるからこそ、息子が一人で家を守ってくれるのです。父親の背中も、母親の背中も、ぼくがきちんと息子に見せています。恥ずかしい思いをさせたくないので、ぼくなりにがんばってきたのだと思います。
今後、暫くの間、新型コロナウイルスは地球に居つくようになります。人類は厳しい戦いを強いられるでしょう。不安が常に隣り合わせの時代に突入したわけです。しかし、そういうときにこそ、日常を大切にしてください。日常を疎かにしないでください。時間をかけてでき上がった美味しいご飯を感謝を持って食べて、感謝を持って食べ終わるのです。こういうちゃんとした生活にはコロナが付け入る隙がありません。丁寧に生きる。これがコロナの時代を生き抜く人類の新しい基本なのです。
作家、辻 仁成
1960年代ぐらいのデンマークの椅子。テーブルにパソコンを置いてスカイプなどをする辻家のサテライトスタジオコーナーでもある。
凱旋門付近も人っこひとりいなかった。
マノンちゃんからの「甘いお寿司が食べたい」というリクエストで作ったのは、甘辛く炊いた肉と卵焼き、野菜などを巻いた巻き寿司。美しい切り口から作り慣れている腕前が感じられる。
こちらはいんげんと鴨肉のサラダ。野菜と肉のバランスもばっちり!
『暮らしのおへそ Vol.30』より
photo:辻 仁成
「離婚して10年、そして、私はようやく恋をした」。
パリで暮らすシングルマザーのマリエ。
新型コロナウイルスに翻弄されるアンリとの運命の出会いの行方。
新しい世界の、永遠の恋を描いた、
辻仁成の最新長編小説。
Profile
辻 仁成
東京都生まれ。作家。89年、『ピアニシモ』で、すばる文学賞を受賞。97年『海峡の光』で芥川賞、99年『白仏』の仏語翻訳版「Le Bouddha blanc」でフランスの代表的な文学賞の一つである「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野でも幅広く活動を続ける。現在は拠点をフランスに置き、日仏を行き来しながら創作に取り組んいる。著書多数。新刊に「十年後の恋」(集英社)がある。帝京大学・冲永総合研究所特任教授。Webマガジン「Design Stories」、デザイン&アートの新世代賞を主宰。
WebマガジンDesign Stories:https://www.designstoriesinc.com/
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