イラストレーター、テキスタイルデザイナー・安原ちひろさん(前編) ~絵には、自分の「好き」のすべてがある

”つくる人”を訪ねて
2016.05.12

雑貨からおいしいものまで、衣食住にまつわるさまざまな“つくる人”を訪ねるマンスリー連載、今月は、美しい水彩画のようなハンカチやスカーフの「チヒロ ヤスハラ」で知られるイラストレーター・テキスタイルデザイナーの安原ちひろさんのお話を伺いました。

 

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photo:有賀 傑 text:田中のり子

 

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お会いすると、まずは安原さんがご自分の絵がプリントされたハンカチやスカーフを何枚も広げて見せてくれました。色とりどの可憐な花や植物、愛らしい表情を見せる鳥。華やかでありながら、不思議と落ち着きも感じさせる大人っぽい色調。ノスタルジックなモチーフを描きつつも、デザインはどことなくモダン。小さな布の中に、胸が躍り心も華やぐ、豊かで奥行きのある世界が広がっています。

 

「私、ハンカチがすごく好きだったんです。サイズ感もかわいいし、場所も取らないから『もう一枚買っちゃおうかな』なんて欲張りしても、罪悪感が少ないでしょう(笑)」

 

そう話してクスリと笑うと、その場にぱっと花が咲いたような、温かでやさしい空気が流れました。作品は作り手の人柄や空気感を表すものですが、そんな彼女の様子を見ていると、やはり「作品のイメージ通り」と嬉しくなってしまいました。

 

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ハンカチと言えば縦横の長さが同じの「正方形」が一般的ですが、安原さんの作品には横が長い「長方形」が多く登場します。これはすべて「原画の絵のサイズ感に合わせた」ため。

 

「会社を辞めてフリーランスになったとき、あれもこれもと器用にできるタイプではないから、自分の中で『これだけは曲げないでやっていこう』と決めたことがありました。それが『絵を描くことを第一に』ということでした」

 

仕事をしていて、どちらの道を選ぼうか判断に迷ったとき、常に「私は、絵を描く人」という基本に立ち返るように心掛ける。そうすると、自然とものごとの判断基準も定まっていくのだとか。一般的なハンカチという枠組みに絵を合わせるのではなく、絵の世界を生かすための形を考える。そうしてでき上がったのが、長方形のハンカチでした。

 

初めはコットン100%だけでしたが、少しシルクを混ぜたら、上質さが増し、繊細な筆のタッチもよりよく表現できるようになりました。大学では染織を学び、生地メーカーに勤めた経験もある安原さん。布には、並々ならぬ思い入れがあります。「シルクって、やっぱりいいな。100%シルクをやってみたい」。そんな風にして、やがてスカーフも誕生。ツヤ感のある風合いが、原画の世界の魅力を、さらに深めているようです。

 

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ハンカチは額装して壁に飾ったり、お弁当や雑貨、アクセサリーを包んだり。スカーフは首まわりだけでなく、頭に巻いたり、かごバッグの目隠しに使ったり。スカートやパンツのサスペンダー代わりに使ったりするのも楽しそうです。華やかでありながら、おしゃれやインテリアにもすっとなじむ布たちは、発表以来、たくさんの喜びの声とともに多くの人に受け入れられてきました。

 

子どもの頃から絵を描くのが好きだったという安原さん。けれども本格的に描き始めたのは、美大の受験がきっかけだったそうです。晴れて合格したものの、専攻はテキスタイルの染織。「まわりから『織りは向いてないよ』と言われて、天邪鬼な性格もあり(笑)。『そんなことない』と選んでみたら、染料を調合したり、織りの工程を設計したり、料理の下ごしらえのようにやることがたくさんあって……やっぱりあまり向いていませんでした(笑)。一生懸命やれば、それはそれで楽しかったんですけれど、やはりいちばん心が躍ったのは『縦糸はピンク、横糸は緑にして…』と、柄行きや色合わせのスケッチを描くときでした」

 

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大学卒業後は、アパレルに就職しましたが、ものづくりの姿勢や会社の方針に納得いかないものを感じ、早々に退職。かねてから尊敬していた某アパレルブランドのデザイナーを偶然街で見かけ、「私の作品を見てください!」と直談判! それが縁となりそのブランドに入社することとなりました。「とにかくがむしゃらに頑張った」と振り返るほど、エネルギーのすべてをそこでの仕事に注いでいたという3年間。当然、自身の創作活動をする時間もなく、次第に沸々と湧き上がる「絵を描きたい」という気持ちをやがて抑えることができなくなっていきました。そしてそのブランドも辞し、生地メーカーに転職。そこでは働きながらも自分の絵の世界を深めていき、2012年に独立しました。

 

お話を伺っていると、転機ごとの行動力と直感的な判断力に驚くばかりですが、ご本人は「行動力なんて全然ないです。そもそも出不精ですし、いつでも迷ってばかり」と、いたって謙虚。性格を自己分析すると、本来はよくも悪くも「気まま」な気質。けれど会社などの組織に入ってしまったら、その気ままさもぎゅっと内側に押さえ込んでしまい、まわりに合わせ、カッチリ真面目に仕事をしてしまうところもあるそう。心がのびやかに、自由に羽ばたくためには、やはり自分らしいやり方を模索していくことが不可欠だったのでしょう。

 

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「気ままと『飽き性』って、実は紙一重ですよね(苦笑)。でも絵を描くことには、絶対に飽きない『安心感』みたいなものがあるんです。筆や筆洗いバケツなど道具のお手入れをするのも好きだし、画材屋さんで絵の具を眺めているのも好き。落ち込んだときの気分転換も、絵を描くことがいちばん。私にとって『好き』な要素のすべてが、ここに詰まっているような気がするんです」

 

仕事を辞め、ヒマそうにしていたら、家の近所のギャラリーから「個展をしてみない?」と声がかかりました。その展示を見た人たちから「今度はうちでも」「こんな仕事はどうですか」と続き、現在の活躍につながっていったそう。時季がきたら、花を咲かせたり実をつけたりする植物のように、一見紆余曲折を経た安原さんの歩みも「こうなることになっていたんだね」という、自然な流れだったように思えます。

 

“つくる人”を訪ねて イラストレーター、テキスタイルデザイナー・安原ちひろさん 後編につづきます

 

 

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Profile

安原ちひろ(やすはら・ちひろ)

多摩美術大学生産デザインテキスタイル科卒業。アパレル、生地企画などの仕事を経て、2012年よりフリーランスで絵を描き始める。自作の絵を布に転写したハンカチ、スカーフなど布製品も発表。http://chihiroyasuhara.com/

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