手渡すおへそ ― 小曽根 真さん、神野三鈴さん Vol.1

暮らしのおへそ
2021.01.11

※この記事は2020年8月30日に発売された『暮らしのおへそ Vol.30』に掲載されたものです。

昨年5月、緊急事態宣言下の夜9時。
Facebookの向こうから、小曽根真さんと神野三鈴さん夫婦の明るい声が響きました。
「ウェルカム・トゥ・アワ・リビングルーム!」
53日間、毎晩欠かさず続いた自宅からのライブ配信は、世界じゅうからアクセスがあり、
最終日はなんと1万6000人を超えました。
「原点に戻れたよね。何のために、音楽や芝居をやりたかったのかっていう」と語るおふたり。
世界的に活躍するジャズピアニストと、
数々の映画監督、舞台演出家から必要とされる演技派俳優。
誰もがうらやむご夫婦には、今の自分になるまでの長い道のりがありました。
一時期は、夫婦の距離を少し開けてまで、それぞれの道を追い求めたことも。
再び一緒に歩きはじめ、いちばんやりたかった形が、ライブ配信のなかにあったそう。
「人って誰でも、自分の役目があって、
そのために神様にギフトをもらっている。それを誰かのために使いたいんです」
やっと拾い上げ、磨き、輝かせたギフトを、握りしめることなく、誰かに差し出す……。
そんなおふたりの手渡すおへそについてうかがいました。


東日本大震災の年に建てた一軒家は、床材に風評被害で困っていた福島県の木材を使用。グランドピアノを置いたリビングが暮らしの中心。吹き抜けの天井までの窓にかけたカーテンは「ミナ ペルホネン」の生地。

 

僕は、個を演じることには興味がない。
可能な限り、聞こえてきたものを
その瞬間につかまえて、正確に弾く。
人からは、「小曽根さんは何を弾いても
小曽根さんだね」と言われるけれど、
それはまわりが決めてくれることだから。 ― 真


オーソドックスなジャズナンバーはもちろん、クラシックや「リンゴ追分」「ドラえもんのうた」まで。緊急事態宣言中の53日間で、自宅のリビングルームで小曽根さんが弾いた曲は多岐にわたりました。リクエストに合わせ、指先からこぼれ出る音を聴きながら、ジャズってこうやって生まれるんだ! と息をのんだ人も多いはず。

「ある意味すごくチャレンジングですよね。即興でその場で作るから、その人のなかにあるものしか出てこない。もっともジャズって、あれが当たり前なんです。オリジナルの音楽をやるためには、どれだけ曲を知っているかが大事。まずは『聞く』ことから始まる。そのなかから自分の音が出てくるから」と小曽根さんが教えてくれました。

曲の合間にリクエストやメッセージを読み上げる、妻の三鈴さんの声には、同じ時間に集うすべての人をつなげたいという熱い思いが満ちていました。

「最初はみなさんへの恩返しのつもりで始めたのですが、いただくコメントがあまりにも素晴らしくて。配信が終わったあとは、互いに無言でそれを読んでは涙していました」とふたり。

関西ジャズ界の重鎮とも呼ばれた父の影響で、自然にピアノを始めたという小曽根さん。19歳でボストンのバークリー音楽大学に入学し、卒業後にはニューヨークのカーネギー・ホールでソロ・ピアノリサイタルを開催。華々しいスタートを切りました。

「アメリカのジャズの懐メロを超絶技巧で弾けば、向こうのおじいちゃん、おばあちゃんは大喜びですよ。でもね。そこで僕の師匠でもあったゲイリー・バートンに言われたんです。『また若い男の子が出てきて懐メロを弾いたら、お客さんはそっちへ行っちゃうよ。それだけピアノが弾けるのに、なぜ自分の音楽を作らない?』って。それで、彼に教えてもらった新しい曲に挑戦するようになりました。でも、なかなか自分のものとして弾けないんです」

どうしたら自分のものにすることができるのでしょう?

「弾き続けるしかないですね。弾いているうちに感情がわいてきて、今まで使ったことがない和音を自分が自然に使いはじめます。音楽が引っ張っていってくれる感じかな」

 

聞く ― 小曽根真さんのおへそ

ジャズは即興だから、その人のなかにあるものしか出てこない。
会話を楽しむためには、まずはボキャブラリーを増やすこと。
とことん聞くことから、すべては始まる。


緑に囲まれたアプローチを抜けると玄関が。この上の2階がリビングスペース。「自然のなかに間借りしているみたいな家にしたかったんです」と三鈴さん。

 


体の細胞に蓄えられた音の粒が、小曽根さんの指先からこぼれ出してくるよう。

→Vol.2に続きます

『暮らしのおへそ Vol.30』より
photo:加藤新作 text:一田憲子


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Profile

小曽根 真

Makoto Ozone

1961年兵庫県生まれ。バークリー音楽大学を首席で卒業後、全世界デビュー。世界的なトップ・ミュージシャンとツアーを催行するほか、ソロ、ビッグバンド、オーケストラとの共演、作曲などジャンルを超えて世界のひのき舞台で躍進中。平成30年春、紫綬褒章受章。

 

神野三鈴

Misuzu Kanno

1966年神奈川県生まれ。数々の舞台で活躍し、近年は映画やドラマにも出演。2020年、「マクベス」「組曲虐殺」の演技で第27回読売演劇大賞最優秀女優賞受賞。ベルリン国際映画祭で史上初の2冠を受賞した「37セカンズ」がNetflixで配信中。

肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。

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