「ただ、いる、だけ」は価値がある。 ― 臨床心理士・東畑開人さん vol.3

暮らしのおへそ
2019.12.18

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僕の主な仕事は、「座っている」のほかに
「麦茶づくり」、「送迎のための運転」でした。
セラピーじゃなくて麦茶? 
と、初めはかなり傷つきましたよ(笑)。
でも、デイケアで麦茶を飲む日常こそが
患者さんの「いる」を支えるのだと気づきました。

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──何もしないで「ただ、いる、だけ」だと穀潰し系シロアリになった気がしてしまう。それがつらいので、それから何か月ものあいだ、僕は何かをしているフリをすることにした。(中略)何か「する」ことがあると、「いる」が可能になる。(『居るのはつらいよ』)──

東畑さんは「ただ、いる、だけ」がつらくなり「する」ことを探しました。メンバーさんに一対一で行う「セラピー」をすることにしたのです。ところがこれが大失敗。「セラピー」で心の深い部分に触れたことで、そのメンバーさんの心のなかの苦しいものがあふれだし、バランスを崩し、デイケアに来ることができなくなってしまいます。

この失敗を機に、デイケアの流儀に従って「いる」覚悟を決めた東畑さん。

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──とにかく「いる」。なんでもいいから「いる」。僕は「いる」を徹底することにした。となると、やれることは一つしかない。とりあえず座っている。これだ。(『居るのはつらいよ』)──

東畑さんは、デイケアのメンバーさんとトランプや野球をして遊んだり、麦茶の補充、マイクロバスの運転手として送迎もしました。

「麦茶づくりから送迎まで、専門性を生かしようもない仕事をこなす毎日は、プライドが傷つきましたね。だって高卒の事務スタッフのほうが僕よりもずっと上手なんですから。だから、朝5時に起きて、論文を書いていましたよ。これでハカセとしてのプライドをなんとか守っていたんです(笑)」

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動かない時間が敷き詰められたデイケアで過ごすうちに、東畑さんは少しずつ場に打ち解けていきました。送迎することでメンバーさんと仲よくなり、先輩と泡盛を酌み交わすことで人間関係を築きつつありました。メンバーさんとテレビで甲子園の沖縄代表を応援して盛り上がったあと、そこにくつろいで座っている自分に気がつきました。「ただ、いる、だけ」ができるようになっていたのです。

そして、「セラピーを!」と意気込んでいた東畑さんの考えも少しずつ変わっていきました。

「デイケアでは、心の傷に向き合うセラピーで患者さんが必ずしも回復するわけではありませんでした。みんなで一緒に麦茶を飲み、雑談をし、座っていること。誰にでもできるようなそんなことの繰り返しが、メンバーさんの当たり前の日常を支えているのだということに気がつきました」

vol.4につづく

 

「暮らしのおへそ Vol.28」より
photo:興村憲彦

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Profile

東畑開人

Kaito Touhata

1983年生まれ。臨床心理士。2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了後、沖縄の精神科クリニック勤務を経て14年より十文字学園女子大学専任講師に。17年、白金高輪カウンセリングルームを開業。著書に『野の医者は笑う』『日本のありふれた心理療法』(共に誠信書房)ほか。

肩の力を抜いた自然体な暮らしや着こなし、ちょっぴり気分が上がるお店や場所、ナチュラルでオーガニックな食やボディケアなど、日々、心地よく暮らすための話をお届けします。このサイトは『ナチュリラ』『大人になったら着たい服』『暮らしのおへそ』の雑誌、ムックを制作する編集部が運営しています。

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